【総力特集Bajirao Mastani】Pinga ひらがな歌詞

さていよいよ日本上映の日が迫ってまいりました。いてもたってもいられないアンジャリです。完全にディワーニ・マスターニ(狂おしく夢中で頭がいっぱい)です。広報担当タマ子嬢にツイッターで「昭和ないいまわしが多い」といわれようがメゲてはいられません。人生の按分としては平成のほうが長いんですよっ!

ちなみに大事かもしれないので念のため書いておきますと、この一連の総力特集は完全非公式です。主催者さんからなにか頼まれたというわけではなく、単にMasala Press一同、今後の日本のインド映画ファンの裾野を広げたい一心でやっとります。

なによりも「もっとフツーにインド映画が観られる」土壌を日本に形成していくことを目的としています。

ひっそりと会社紹介のページに載せているのですが、これを機にここにも大宣言しておきますよ。

私たちの約束

1. インドと日本のさらなる親交に貢献すること

2. 関わる人すべてにさまざまな形の利益を生むこと

3. 多様性を認め合う開かれた社会の形成に貢献すること

われわれは揺るがない哲学をもってビジネスを展開していきたいと考えています。


豪華絢爛ゴージャス歴史ロマンス大作のBajirao Mastani(「バジラーオとマスターニ」)。本国では12月18日(金)、日本ではそのわずか2日後の12月20日(日)に上映予定です。お申し込みと詳細は、主催Space Box Japanさんの こちらのフォーム からどうぞ。

☆予告編日本語訳はこちら☆

Vol.11 Bajirao Mastani 予告編⭐︎和訳をつけてみた

☆主人公バジラーオの人物像に迫る☆

燃えよバジラーオ☆Episode1 戦を生きる男

燃えよバジラーオ☆Episode2 息子、そして英雄

燃えよバジラーオ☆Episode3 同志よ

☆あなたも一緒に。歌おう! ひらがな歌詞(ダウンロードできるPDFファイルつき)☆

Deewani Mastani(でぃわーに・ますたーに) ひらがな歌詞


当初、インターネット上ではPinga=女神ドゥルガー説が駆け巡っていて、当Masala Pressでもそのような紹介をいたしました。

↓同じ監督の2002年の作品Devdasの美女競演にも触れた以前の記事はこちら↓
Vol.12 Bajirao Mastaniより、美女競演 “Pinga”に酔う

どうやらPingaとは、マラーティ語文化圏で新妻を迎える際に行う儀式Mangala Gaurのうちのひとつで、飛んだり跳ねたりぐるぐる回ったりという意味でも使われるようで、”Pinga ga pori”はその際の掛け声なんだそうです。

その一例としてこんな映像がありました。かなり雰囲気は違いますが、同じメロディが出てきますね。

インドでは「結婚」というと現代日本よりもずっと「家に嫁ぐ」という意味合いが濃厚です。インド人と結婚した友人の結婚式などに参列して見ていても、家族や親戚のつながりがより強く感じられます。花嫁は婚家の一員として馴染むまでには、姑、夫の姉妹、ほかの嫁たちなど「女だけの世界」で新たな人間関係を築いていかねばなりません。

そんな「嫁入り」の際の女性たちだけの儀式がこのPingaというミュージカルシーンのようですよ。

しかしこの曲、軽快な曲調とは裏腹に、マラーティー語を主にときどきヒンディー語が混ざるという歌詞で、耳慣れなさすぎてかなりハードルが高うございます。マラーティー語は現在、商業都市ムンバイがあるマハラシュートラ州の公用語でもあり、この物語の舞台である18世紀のマラーター王国の言葉でもあります。

日本語の訳をつけるにあたっては、完全な対訳が見つからなかったため、インターネット上の英語で書かれたブログや、マラーティー語が母語の方に意味を尋ねて、ときにGoogle翻訳(!)にも頼り、アンジャリの妄想を最大限オンにして意味をとっています。ですので間違いがあったらゴメンナサイ。主催者ならば英語のスクリプトをもっているはずですが、今回、ただのファンなのでどうかお許しください(いいわけ)。


たったひとりで入ってくる、緊張した面持ちのマスターニは第二夫人。迎え入れる第一夫人のカーシーバイは、たくさんの女性に囲まれて輝いている。第一夫人として、きっと複雑な気持ちがあったのだろうなと思わせる絶妙の表情で、しかし同じ男バジラーオを愛したマスターニを優しく受け入れる。

第一夫人カーシーバイがまとっている衣装は、高貴な身分であることを表す紫色。対する、おそらくは芸妓的なあまり高い身分ではない立場(注1)から嫁入りをした第二夫人のマスターニは赤い衣装。赤は花嫁の色でもありますし、なにより、マスターニの秘めた情熱をよく表した色だと思います。

(注1)実際は芸妓的な身分ではなく、れっきとしたラージプート(小王侯)族の血を引くお姫様。作中では、このように登場しなくてはならない事情がありました。2015年12月20日訂正加筆

間違いなくインド映画史に残るであろう、素晴らしいミュージカルシーンです。早く大画面で観たい!

※ 歌詞の並びはアルバム収録の原曲に基づいています。こちらの動画は多少カットシーンがあるようです。



ぴんが が ぽり
ぴんが が ぽり
ぴんが が ぽり ぴんが

まら ぴんぎゃーに まーら
ピンガの踊りが私を誘うの

ぼーらわり らーと がーらわり ぽーり ぴんが
わたしたち 夜通し踊るわ ピンガ!

ほーーおーーーおーーー

らとぱと らとぱと かまる だーみに あだる らーぎに
ゆらゆら ゆらゆら 小川のように流れ出す 女神の光のなかで

ほお おーーおーーー

(※1はじめ)
へえ らとぱと らとぱと かまる だーみに あだる らーぎに
ゆらゆら ゆらゆら 小川のように流れ出す 女神の光のなかで

にるだる ああい けえせ さじ だじ
踊り子は こんなにも 着飾って登場したわ

でこ めれ ぴや き さんうり じや せ ばんうり
見て 彼女は私の命より大切な人の お気に入り

めれ あんぐな めん でこ ああじ きら へえ ちゃーんど
私の庭には 見て 今夜は月が出ているわ
(※1終わり)

(※2はじめ)
け ばじぇ どぅぬ じゃむ じゃむ じゃまっけ じゃ
音楽が鳴っている ドンドンドン

と なちぇ まぬ ちゃむ ちゃむ ちゃまっけ ちゃ
たくさんの飾りをつけて 踊るわ ジャンジャラジャン

け ばじぇ どぅぬ じゃむ じゃむ じゃまっけ じゃ
音楽が鳴っている ドンドンドン

と なちぇ まぬ ちゃむ ちゃむ ちゃまっけ ちゃ
たくさんの飾りをつけて 踊るわ ジャンジャラジャン
(※2終わり)

(※1)繰り返し
(※2)繰り返し

ぴんが が ぽり
ぴんが が ぽり
ぴんが が ぽり ぴんが

めーれー じやー めん うたぁり
私の人生に 現れた

とぅね ぺえに ぴや き かたぁり
あなたは 剣の半分を 飲み込まなくてはならないわ
訂正→ あなたの存在は 私にとっては 剣を飲み込まねばならないほどの 痛み

はー とぅ じゃね いぇ どぅにやだあり
そうね これが 人の世というもの
訂正→「あなたにとっては確かにそうかもしれない」の意

めん とー ふん ばす もはばっと き まり
私も 彼を愛しているのよ あなた
訂正→私は ただ 彼を愛しているだけ

じょ ぴーる めり へえ そー ぺえる めり
あなたが愛しているあの方は 私が愛する人でもあるの

あれ どの き まあんぐ らげ すに あでぃ あでぃ な
そうね ふたりとも額に同じ婚姻の証をつけて 愛を半分こしている

(※2)繰り返し

(※1)繰り返し

(※2)繰り返し

ぴんが が ぽり
ぴんが が ぽり
ぴんが が ぽり ぴんが

☆ひらがな歌詞PDFファイルのダウンロードはこちら☆

Special Thanks to Sushi Weds Sambar & Vibha Patil for your kind support of Marathi translation


こうやってじっくりみると、みごとに韻を踏んでいて、実に味わい深い歌詞です。第一夫人カーシーバイが「優しく」受け入れているのか、はたまた第二夫人マスターニがおとなしく2番手におさまるつもりがあるのか、歌詞の意味が合っているならば笑顔の影に若干コワイ部分もありますが……。物語はどのようにふたりの女性の決着をつけるのでしょう。

日本の「ひなまつり」の歌などもその一種だと思うのですが、西洋音楽的には短調で始まる、しかし明るい調子の曲というのがインドのみならず広くアジアにある気がします。まぎれもないインド風味でありながらどこかなつかしくもあり、インドと日本のつながりをそこはかとなく感じます。

もういくつ寝ると日本上映。私アンジャリの個人的な趣味では、映画はなんの予備知識もないままポーンと観にいき、よかったのダメだったのと狂喜したりブツクサいったりするのが好きですが、この最新作がインド本国とほぼ同時公開、しかし英語字幕というハンデを背負った今回ばかりはそうもいっていられません。でき得る限りの事前情報でみなさまの予習を促進すべく、まだまだ飛ばしますよー!

投稿者: アンジャリ(Anjali)

アンジャリ(Anjali)

Masala Press代表・印流楽しいこと案内人。神奈川県茅ヶ崎市生まれ。東京外国語大学インドネシア語科卒。学生だった1997年にバックパッカーとして単身インドを訪れ3ヶ月を各地で過ごす。以後、インドの舞踊と映画に心酔。ガイドブックなどのライターを経て旅行会社に就職、インド専門添乗員を務めるも、2001年からはインドとロンドンを拠点に放浪生活を送る。2006年に本帰国、外資系証券会社に再就職、10年間の会社員生活を経て、現在、インド映画の印流ブームを興すべく奮闘中。