Bajirao Mastani 川口での上映雑感 & 翻訳の訂正

Bajirao Mastani、川口での上映に参加して参りました。

いやあ、さすがのバーンサリ監督ワールド。映像すべてが完璧な作り込みの美しさ。なにひとつ見逃したくないと目を凝らしすぎて肩が凝り、間のインターミッション(休憩)時間は思わずストレッチをしてしまいました。衣装といい、セットといい、ミュージカルシーンといい、これはやはり大画面で観てこその作品ですねえ。素晴らしい歴史絵巻の世界観を堪能しました。

ミュージカルシーンの事前公開がなかった一曲”Mohe Rang Do Laal”(私を赤く染めて)。予想通り北インド宮廷舞踊をベースにしたカタックがフィーチャーされていて、ディーピカー・パドゥコーネ演じるマスターニが主人公バジラーオの前で踊るという設定。サントラを聴いた際にカタックのボウル(声によるリズム)が入っており、しかもそのボウルが人間国宝ビルジュー・マハーラージ師(昨年来日公演がありました)によるものと聞き、かなり期待していました。

セットも、踊りも、音楽も、すべてが第一級の素晴らしさ。ほかのミュージカルシーンもすべてよくて甲乙つけがたいですが、アンジャリランキングではこの未公開の一曲が鼻差で一番です! インド映画女優の素養としてディーピカーがある程度の古典舞踊の訓練を積んでいるというのは知っていました。ただ、幼い頃から師匠についてみっちり厳しい稽古を重ね……というわけではないのかなという印象でしたし、ベースとなっているのは南インドの寺院発祥の古典舞踊バラタナティアムで、カタックについては未知数でした。振りも衣装もすべてがよいですが、彼女の長い手足を最大限生かした優美さがなんともいえず美しかったです。

本編を観た上でいくつか訂正がありますので、該当の記事及び本記事両方に訂正を記しておきます。

■ マスターニの立場について

Vol.23の記事で、下記のような記述をしました。

「第一夫人カーシーバイがまとっている衣装は、高貴な身分であることを表す紫色。対する、おそらくは芸妓的なあまり高い身分ではない立場から嫁入りをした第二夫人のマスターニは赤い衣装。赤は花嫁の色でもありますし、なにより、マスターニの秘めた情熱をよく表した色だと思います」

実際のマスターニは芸妓的な身分ではなく、れっきとしたラージプート(小王侯)族の血を引くお姫様でした。作中では、芸妓のように登場しなくてはならない事情があったという次第です。ラージプート族は13世紀初頭くらいまで支配階級としてインド北西部を支配したヒンドゥー教徒の武士階級で、16世紀以降イスラーム教のムガル帝国の台頭とともに、支配階級からムガル帝国の軍事面を支える役割にシフトしていきました。

この時代、ムガル帝国のアクバル帝がラージプートのヒンドゥー教徒との融和を図り、両者の婚姻が進んだりした結果、インド=イスラーム文化が花開いたという背景もあります。実際この時代の絵画は両者融合の傑作が多く、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館には充実のムガル絵画のコレクションがあります(植民地時代にぶんどってきたもの!)。

物語の舞台は18世紀初頭、マスターニの父親はラージプート族のヒンドゥー教徒、母親はムガル系のイスラーム教徒で、マスターニ自身はイスラーム教徒として育ちます。そんななか、主人公バジラーオはヒンドゥー教徒のマラーター王国の宰相ですので、このイスラーム対ヒンドゥーという立場も物語の重要なファクターとなっていました。

■ Pingaの訳について

後半、第一夫人カーシーバイがマスターニに向けて歌う場面

めーれー じやー めん うたぁり
私の人生に 現れた

とぅね ぺえに ぴや き かたぁり
あなたは 剣の半分を 飲み込まなくてはならないわ
訂正→ あなたの存在は 私にとっては 剣を飲み込まねばならないほどの 痛み

はー とぅ じゃね いぇ どぅにやだあり
そうね これが 人の世というもの
訂正→「あなたにとっては確かにそうかもしれない」の意

めん とー ふん ばす もはばっと き まり
私も 彼を愛しているのよ あなた
訂正→私は ただ 彼を愛しているだけ

ものすごーく外れているわけでもないのですが、ここはカーシーバイの苦しい心情を歌い、かつマスターニも一歩も譲らないという女の火花バチバチなやりとりを鮮烈に表現しています。

■ Albela Sajanのバジラーオ凱旋について

以前の記事で、下記のような記述をしました。

「今回のBajirao Mastsaniでは、デリーの戦いで劣勢だった友を助け勝利し、凱旋する主人公バジラーオを迎える妻カーシーバイの心を歌っています。原曲の詞とほぼ同じでありながら一部の言葉だけを変え、メロディを変え、みごとに世界観を転換したところなど、さすがのニクい演出です」

これは凱旋は凱旋だったのですが、劣勢だった友を助けての凱旋ではありませんでした。どんな凱旋だったかは本編でご確認ください。


英語字幕が懸念されていましたが、次々とミュージカルシーンが始まるのでそこに圧倒されているとあまり考える暇はなかったという感じです。とはいえ、キモとなる台詞などは分かっていたほうがしっくりくる部分も大きいので、きちんとした日本語の字幕での上映をぜひとも実現していただきたいところです。

この作品に限ったことではないのですが、インド側の配給会社が用意している英語字幕自体のクオリティ(翻訳&文字割りや出し入れのタイミング)が残念ながらあまり高くないので、これをこのまま翻訳しても普通の日本の観客に耐えうる出来になるかはちょっと疑問です。こういうところは、ボランティアや手弁当ではなく、しっかりと予算をかけて翻訳と時代考証と字幕、すべてのプロフェッショナルが手がけないと作品のゴージャスさにケチがつきます。ので、よけいに一般公開へのハードルは……、高いですね……。観られればそれだけで嬉しいというコアなファンは本当にごく一部ですので、インドにもインド映画にもなんの免疫もない人を呼び込むには、この「品質管理」は今後も要となってくることでしょう。

と、ついつい配給側の目線にもなってしまいましたが、課題ははっきりしているので、これらを使ってどのように今後を切り開いていくか、一同はりきっていきたいと思います!

まずは、川口の公開が盛況でよかった! そして映像美素晴らしかった!

別の日に別の場所での公開も決まったようなので、詳細が確定次第、シェアします。

Post Author: アンジャリ(Anjali)

アンジャリ(Anjali)
Masala Press代表・印流楽しいこと案内人。神奈川県茅ヶ崎市生まれ。東京外国語大学インドネシア語科卒。学生だった1997年にバックパッカーとして単身インドを訪れ3ヶ月を各地で過ごす。以後、インドの舞踊と映画に心酔。ガイドブックなどのライターを経て旅行会社に就職、インド専門添乗員を務めるも、2001年からはインドとロンドンを拠点に放浪生活を送る。2006年に本帰国、外資系証券会社に再就職、10年間の会社員生活を経て、現在、インド映画の印流ブームを興すべく奮闘中。