「ニュー・クラスメイト」@SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016

インド映画のコアなファンの皆さんには、インド人団体の自主上映の場としてよく知られているSKIPシティ。その「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016」に本年は『ニュー・クラスメイト』 (The New Classmate)という作品がやってきました。


【STORY】
未来への希望を捨ててはいけない。
身分も学歴も超える、母の愛。

メイドで生計を立てるチャンダは、劣等生の娘アプーが気がかり。ある日、アプーが学校を辞め自分もメイドになると言い出しショックを受ける。チャンダは娘と同じクラスに入学し、勉強で対決することを決める。

【解説】
本映画祭では史上初めてノミネートとなる、映画大国インドから届いた作品。この作品で監督デビューを飾ったアシュヴィニー・アイヤル・ティワーリーは、カースト制度が廃止された現在でも、階級格差や差別が根深く残るインドにおいて、教育によって娘の世界が広がってゆくことを願う母の愛を、女性監督らしいきめ細やかさで描き出している。本作は、2015年のロンドン映画祭やローマ国際映画祭といった映画祭で上映され、好評を博した。また、2013年の大ヒット作品『ラーンジャナー』や『Tanu Weds Manu』(11・未)の演技などで、本国では数々の賞を獲得している、母・チャンダを演じたスワラー・バースカルの気品ある美しさも見逃せない。


なんといっても、”Tanu Weds Manu”(2011)、”Raanjhanaa”(2013)、”Prem Ratan Dhan Payo”(2015)、”Tanu Weds Manu Returns”(2015)など、ボリウッド話題作の脇を固める女優としてじわりじわりと頭角を現してきたスワラー・バースカル演じる若き母親チャンダーが最大の見どころの作品。想い人をヒロインにとられる幼馴染や、冷遇されてきた亡き第二夫人の姫君など、ちょっと不運な境遇で、しかしとても記憶に残る役どころが多かったスワラーがついに主演です。

主演といってもそこはスワラー。14歳の生意気盛りの娘を抱え、朝から晩まで働きづめで母子家庭を切り盛りする苦労人として描かれます。スワラー演じるチャンダーがメイドとして働く先のお屋敷では、雇い主の上流婦人を「ディディ」(親しみを込めた「お姉さん」という呼び方)と呼び、人間らしいやりとりもあります。しかし靴工場や洗濯場でもかけ持ちで働き通しのチャンダーは、最下層ではないものの、中学校を途中でリタイアし高等教育へは進めなかった女性。車に轢かれそうになっても、労わられることよりも先に「どこ見て歩いてるんだ!」と怒鳴られるような、人々の憧れや尊敬からはほど遠い存在で、自分でもそのことをよくわかっています。

そんな母親とふたりで暮らす多感な年ごろの娘は、「医者の子は医者、エンジニアの子はエンジニア、メイドの子はメイドにしかなれないの!」と、やればできるはずなのにどうにも人生に投げやりに。娘は日本ならば中学3年生にあたる10年生。インドで10年生を修了しその先の高等教育に進むには全国共通試験の合格が必須なのですが、チャンダーの娘は、数学がどうにも危機的な状況です。思い悩むチャンダーを見かねた雇い主の上流婦人の発案で、チャンダーは娘と同じ中学校に制服を着て通うことになるわけです。当然、娘は嫌がりますが、娘に発奮してもらうべく、数学を必死で習得していくチャンダー。井戸で水を汲む姿がやけにサマになるチャンダーのその口から「サイン、コサイン、タンジェント」などと出てくるのは、厳しい現実を描きながらもどこかコミカルで、暗くなりがちな話を重くしすぎずに魅せる監督の手腕が光ります。

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インド社会は上を見ても下を見てもキリがありません。貧しいとか裕福とひと言でいっても、その貧しさや裕福さの程度にも幅広い分布があります。屋根がある家に住み、女子が学校に行けるだけでも充分恵まれているという見方もあるでしょう。メイドが雇い主に「ディディ」と呼びかけることも、もしかしたらあり得るのかもしれませんが、映画ならではの設定にも感じます。属する層によってまったく違う人生をたどることが大半で、貧しい側と富める側がお互いに人間として深く関わり合うことはあまりないように思います。世の中は「使う側」と「使われる側」にきれいに分類され、チャンダーの娘の言う、メイドの子はメイドというのもやはり現実だと思います。だからこそ勉学に励み、イギリス植民地時代の官僚制度を継承した、身分ではなく徹底して実力がモノをいう行政職や、従来のカースト制度の枠にはなかった工学やIT分野で頭脳を武器に貧しさから抜け出そうというインディアン・ドリームが成り立ち、何千万、もしかすると何億の、チャンダーのような親たちの希望をつないでいます。先祖代々の「使われる側」から自らの努力で抜け出し道を切り開いていくという、そのドラスティックな新しい価値観には、日本のように長らく停滞した社会に属し慣れきった者を圧倒する勢いがあります。

そして、チャンダーを支える雇い主の上流婦人(引退した医師らしい)のように、できる範囲で建設的な助言をし、ごくミニマムなところから社会をよくしていこうという気持ちを持った人格者の上流階級が多数いることも事実です。チャンダーとこの婦人が路上でふと腰を下ろして語らうシーンなどは、メイドとしてではなく、娘か友人のように接しているのだと感じられて、地味にホロリときました。「ディディ」こと上流婦人役のラトナー・パータク・シャーはそれほど出演作の多い女優ではありませんが、”Khoobsurat”(2014)ではヒロインを苛め抜く頑固で意地悪な貴族の領主をみごとに演じており、今回はあまり毒がなくてホッとしたような残念なような。ちなみに”Khoobsurat”でラトナーに苛められるヒロインを演じたお嬢様女優ソーナム・カプールは、本作の試写会を終えて「後半はほとんど泣きっぱなしだった。もっとこのような素晴らしい映画が製作されてほしい」という感想を述べています。

普段はアップーと愛称で呼ばれるチャンダーの娘の本名はアペクシャー(अपेक्षा)。Aから始まるから朝の点呼で早く呼ばれて嫌だと娘はいいますが、その名には「期待」や「希望」といった意味があります。母チャンダーの「期待」をよそに、アップーは憎たらしいことこの上なく、中盤は私が母親だったら頭に血が上りすぎて倒れてしまいそうな所業をしでかします。そこから母と娘がどのように和解し「希望」を見出していくのか。教師に嫌味を言われて半泣きになったチャンダーが、「アペクシャー」と娘の本名を誇らしげに呼べる日は来るのか。抜け感のあるラストシーンは、かの有名なタージ・マハールを、よく見る正面からではなくヤムナー河を挟んで裏から見渡す場所、というのも余韻を残します。

余談ですが、本作で個人的にとても楽しめたのは、チャンダーと上流婦人の着こなしです。南インドだと原色の鮮やかさが肝になるところを、北インドらしい渋好みの配色でまとめていて実にお洒落。チャンダー役のスワラーは前述の”Raanjhaanaa”でも透し模様や別布の袖にこだわった捻りのある仕立てのクルティ(チュニック)やブラウスを着ていましたが、今回も質素な綿地ながらも袖にレースが入ったブラウスなどで細部をキメています。上流婦人のブロックプリント地やさりげない刺繍のクルティ、外出時の華やかなサリーも楽しい。チャンダーの着こなしは通常とは逆の右肩に布がかかる着付で、この着付はインド西部の砂漠地帯が有名ですが、本作の舞台となっているウッタル・プラデーシュ州の一部の層にも見られるそうです……などなど、きらびやかな衣装はなくとも楽しめること請け合いです。

予告編はこちら

しっかりとした脚本と、どの脇役を見ても上手いとしかいいようのない俳優陣の、優れたヒューマンドラマです。字幕は安定安心の松岡環さん。いつもながら素晴らしい字幕でした。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016での本作の上映は、今週末7月17日(日)14時からと、7月20日(水)11時から。詳しくは下記公式Webサイトをご参照ください。

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016


『ニュー・クラスメイト』 (The New Classmate)

<2015年/インド/96分>
監督:アシュヴィニー・アイヤル・ティワーリー
出演:スワラー・バースカル、リヤー・シュクラー、ラトナー・パータク・シャー、パンカジ・トリパティ
(C)Films Boutique

監督:アシュヴィニー・アイヤル・ティワーリー (Ashwiny Iyer Tiwari)null

世界的に著名な広告代理店レオ・バーネットにて、インドと東南アジアを中心に16年間エージェントとして働いた経験を持ち、カンヌライオンズ、ニューヨーク・フェスティバル、ワンショー、クリオ、D&ADなどの広告賞を受賞。短編映画『What’s for Breakfast?』(13)がダダサヘブ・ファルケ賞を受賞し、注目される。すでにボリウッドで最も期待される女性監督のひとりとして活躍しており、現在父と娘の関係を描く小説「ホームワーク」を執筆中。映画化もすでに決定している。


投稿者: アンジャリ(Anjali)

アンジャリ(Anjali)

Masala Press代表・印流楽しいこと案内人。神奈川県茅ヶ崎市生まれ。東京外国語大学インドネシア語科卒。学生だった1997年にバックパッカーとして単身インドを訪れ3ヶ月を各地で過ごす。以後、インドの舞踊と映画に心酔。ガイドブックなどのライターを経て旅行会社に就職、インド専門添乗員を務めるも、2001年からはインドとロンドンを拠点に放浪生活を送る。2006年に本帰国、外資系証券会社に再就職、10年間の会社員生活を経て、現在、インド映画の印流ブームを興すべく奮闘中。