Dangal(2016)を観てきました!





日本でもヒットした”きっと、うまくいく”(2013)や、最近公開された”PK”(2015)の主演でおなじみのアーミル・カーンの最新作”Dangal”(2016年12月公開)を観てきました。

主演作では毎回凝りに凝った役作りで定評のあるアーミル、今回は、諸事情から挫折した元レスラーという役どころ。現役時代の引き締まった身体と、失意のもと引退してゆるみきった中年オヤジの身体の両方を披露して評判になりました。

デリーの銀座(?)と呼ばれているコンノートプレイスのシネマコンプレックス
デリーの銀座(?)と呼ばれているコンノートプレイスのシネマコンプレックス

あらすじ

物語の舞台は北インドハリヤーナー州。自らが果たせなかったレスリングのナショナル・チャンピオンへの夢を託すべく男児の誕生を願うマハヴィール(アーミル・カーン)ですが、生まれてきたのは4人続けて女児ばかり。神は自分の願いを聞いてはくれぬのだと、ただただ家族を養うために黙々と働く彼は、あるとき長女と次女がふっかけられたケンカで男子をこてんぱんにやっつけたことをきっかけに、彼女たちを訓練してレスラーとしてデビューさせるという道を思いつきます。

しかし村の常識(=古きインドの常識でもある)では、女の子がレスリングをするなどまったくもってナンセンスで、道場への入門を試みるも門前払いされてしまいます。そこでマハヴィールは畑の一部をつぶし、土を入れてインド伝統の泥レスリングの土俵をつくります。

突然、おまえたちはレスラーになれと命じられた長女ギータと次女バビータは、父親の命令には逆らえずいやいや筋トレやレスリングの稽古を始めます。女の子の服であるクルティ&サルワールでは練習できないと訴えたら男の子の古着を着せられ、稽古嫌さに「土俵で練習などするから髪にシラミがついた」と訴えたら長い髪を短く切られ、父親の夢のためにふたりの娘たちがひどい扱いを受けていることが村中に知れ渡り、母親も夫を責めますが、マハヴィールは聞き入れず、1年間だけ自分の夢につきあってほしい、それでも道が見えなかったら、自分は夢を永久に諦めるから、と説得します。

—- この先、核心には触れませんが、すこしだけネタバレがあります —-

印象に残ったシーン

冒頭から、人生に絶望し疲れきった父親っぷりがリアリティ溢れるアーミルで、娘たちへの扱いは横暴な独裁者といったふうに描かれています。観ているほうも、ああ、娘たちかわいそう、と思わされます。いまや日本人にはあまりピンとこないかもしれませんが、女性の命である長い髪を切られるシーンでは、必死の懇願にもかかわらず無残に切られていく髪が切なく、翌日、登校するときに村の男たちや学校の友だちに嘲笑を受けて涙をこらえる姿が本当にかわいそうでした。

また、レスラーの身体づくりには動物性タンパク質が必要だと、菜食主義を翻して鶏肉を買い、チキンカレーを料理します。そのときのお母さんの剣幕がすごい。「私の台所で鶏肉なんて絶対に料理させないわよ!」と怒り狂います。このへんも日本人にはわかりづらいところですが、菜食主義を誇りとする人々は、同じ家で生臭ものが料理されるのをひじょうに嫌います。私の友人が住んでいたアパートも大家さんが菜食主義者で、動物性のものの持ち込みは禁止。チキンを料理するときは匂いが出ないように窓を閉め切ってこっそり料理しましたっけ。

料理書を見ながら肉に下味をつけ、台所の外で自ら料理をするマハヴィール。お母さんは玉ねぎ炒めを済ませた鍋を運んできて、「今日からその鍋はもう私の台所に持ち込まないで!」とまだ怒り収まりません。

たっぷりの油で揚げ炒めされたみじん切りの玉ねぎに、鶏肉が投入され、チキンカレーができます。その美味しそうなこと……。娘たちは母親の手前、喜んで食べるわけにもいかないので神妙な顔で食べ、近所の幼馴染の少年だけがニコニコ美味しそうに食べるという印象的なシーンでした。鶏肉はごちそうなので、そうそう気軽に買える値段ではありません。その鶏肉を買うためにマハヴィールが肉屋にある取引を持ちかけ、それが物語の進行にずっとリンクしていくあたりもうまい展開でした。

いやいや稽古していた娘たちが、ある日を境に変わります。

お父さんに内緒で長女の同級生の結婚式に参加した娘たち。着飾って、歌って踊ってきらきらと華やかな場を楽しむふたりですが、登場した父親の逆鱗に触れてしまいます。

「私たちは虐待されている。あんな父親なんていらない」

女の子らしいすべての楽しみを奪われ、ひたすらレスリングの稽古をさせられていた長女がそう涙を流すと、花嫁の友人が言います。

「私はあなたのお父さんのような人が父親だったらよかった」

いわく、私たちは女の子として生まれた瞬間から、将来はすべての家事ができるように仕込まれて、14歳になったら結婚して、あとは子どもを産んで育てさせられるだけ。ようやく厄介払いができるとばかりに結婚させられるのよ、あなたたちのお父さんは少なくともあなたたちをひとりの人間として見ている、ただ家政婦のような人生を送るのではない、人間としての人生を送らせようとしている、だから私はあなたたちがとても羨ましい。

きれいな花嫁衣装と豪華な装飾品を身につけた花嫁が、そう言って涙を流すのです。

父親の愛情に気づいたふたりは猛然と稽古を始め、そしてついに。

長女が初試合に臨みます。筋肉隆々の男子を相手に。

会場は、女の子が戦うというので服が破れるだのなんだのというハプニングを期待して下衆な男たちの黒山のひとだかり。

初試合こそ負けますが、善戦して特別賞金を得た長女は、その後の試合で勝ち続け、ついにナショナル・チャンピオンに登りつめます。

父親の目標は、娘をインド代表として国を背負って国際試合に立たせ、勝利させること。娘たちは父親の元を離れ、国のスポーツ選手養成機関での生活を始めます。

はたして彼女たちは父親の目標を達成することができるのか? と物語が続いていきます。

家族の物語と、女性が勝ちとっていく「敬意」

物語は、横暴な父親の夢のために犠牲になる娘たち、といった冒頭から、女性が人間として認められ敬意をもって扱われていくというヒューマンドラマに変わっていきます。Dangal=レスラー、レスリングの試合、というタイトルはそのあたりの「戦って勝ち取っていくもの」への想いが込められたタイトルなのだと思います。最近よく見るテーマではありますが、ジャンルとしては正統的なスポ根ながらもそれだけに終わらない物語で、こうしてたたみかけるように同じテーマの娯楽作品が次々に作られていることに力強いインドの変化を感じました。

主演の娘たちを演じた子役と成長してからの女優さんたちもとても魅力的でした。強い意志を持つ目をした長女、愛嬌と情の深さで頑固親父と頑固姉の間をとりもつ次女と、子役から成長した役への移行もイメージに差がなく自然でした。そして最初のきっかけは父親の横暴ではあったのかもしれませんが、戦う娘たちを見守るマハヴィールのまなざしが、いつしか父親らしい温かいものになっていることに気づきます。

また試合のシーン、どう撮っているのかわかりませんがひじょうに見応えがありました。本当に戦っているかのようで手に汗握る迫力でした。

おっかない父親と、父親を恐れながらも熱い信頼で結ばれた娘たち、それを支える母親や幼馴染の少年といった脇役までが味わい深く、さすがアーミル主演と思える大作です。

投稿者: アンジャリ(Anjali)

アンジャリ(Anjali)
Masala Press代表・印流楽しいこと案内人。神奈川県茅ヶ崎市生まれ。東京外国語大学インドネシア語科卒。学生だった1997年にバックパッカーとして単身インドを訪れ3ヶ月を各地で過ごす。以後、インドの舞踊と映画に心酔。ガイドブックなどのライターを経て旅行会社に就職、インド専門添乗員を務めるも、2001年からはインドとロンドンを拠点に放浪生活を送る。2006年に本帰国、外資系証券会社に再就職、10年間の会社員生活を経て、現在、インド映画の印流ブームを興すべく奮闘中。