『ダンガル きっと、つよくなる(Dangal)』を観てきました!




※日本公開を受け、2018年1月28日全面リライトしました。核心に触れるネタバレはありませんが物語の背景について触れるため作中のエピソードは紹介しています※ 4月6日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

 

日本でもヒットした『きっと、うまくいく(2013)』や、『PK(2015)』の主演でおなじみのアーミル・カーンの最新作『ダンガル きっと、つよくなる(Dangal)』(2016年12月公開)を観てきました。

主演作では毎回凝りに凝った役作りで定評のあるアーミル、今回は、諸事情から挫折した元レスラーという役どころ。現役時代の引き締まった身体と、失意のもと引退してゆるみきった中年オヤジの身体の両方を披露して評判になりました。

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あらすじ

予告編はこちら

物語の舞台は北インド、ハリヤーナー州。自らが果たせなかったレスリングのナショナル・チャンピオンへの夢を託すべく男児の誕生を願うマハヴィール(アーミル・カーン)の意に反して、生まれてきたのは4人続けて女児ばかり。

神は自分の願いを聞いてはくれぬのだと、女ばかりでほかに男の働き手がいない家族を養うために黙々と働く彼は、あるとき長女と次女がふっかけられたケンカで男子をこてんぱんにやっつけたことをきっかけに、彼女たちを訓練してレスラーとしてデビューさせるという道を思いつきます。

しかしインドの田舎の常識(=古きインドの常識でもある)では、女の子がレスリングをするなどまったくもってナンセンスで、道場への入門を試みるも門前払いされてしまいます。そこでマハヴィールは畑の一部をつぶし、土を入れてインド伝統の泥レスリングの土俵をつくります。

突然、おまえたちはレスラーになれと命じられた長女ギータ次女バビータは、父親の命令には逆らえず、いやいや筋トレやレスリングの稽古を始めます。稽古嫌さにあれこれ言い訳を考えるのですが、マハヴィールは意に介さず、頑固親父の絶対政治を敢行します。

父親の夢のせいで娘たちがひどい扱いを受けていることは村中に知れ渡り、母親も夫を責めますが、マハヴィールは聞き入れません。

「1年間だけ自分の夢につきあってほしい、それでも道が見えなかったら、自分は夢を永久に諦めるから」と説得します。

—- この先、核心には触れませんが、すこしだけネタバレがあります —-

注目キーワード

冒頭から、人生に絶望し疲れきった父親っぷりがリアリティ溢れるアーミルは、家庭内の横暴な独裁者といったふうに描かれています。

昔の日本もきっとこんなお父さんがいっぱいいたでしょうね。

そんな既視感があるからか、観ているほうも、ああ、娘たちかわいそう、奥さん大変! と思います。

長い黒髪は女の命

いまや日本人にはあまりピンとこないかもしれませんが、インドでは長い黒髪は女性の命。

2018年現在、都会ではショートヘアを含め女性たちのヘアスタイルもさまざまですが、時代背景が90年代初頭とおぼしき本作前半、そして保守的な田舎では、女性の髪は長いもの、と決まっています。

少女は両側に三つ編みのおさげ、大人になると後ろに一本の三つ編みか、ちょっと年齢がいくと低めのお団子ヘア。だいたいこれが定番。後れ毛が出ていたり結ばずおろしていると、年配女性などから「身だしなみがなってなーい!」と怒られたりします(もう今は都会ではあまりありませんが)。

ヒンドゥー教徒の場合、近しい身内をなくした家族として剃髪してお寺に奉納することはありますが、それもごく限られた機会。また「奉納のため剃るのはアリでもハサミで切るのは断固ダメ」だったりします。

そんな背景を頭に入れておくと、マハヴィールの横暴さがよりいっそう際立ちます。

肉を食べるなんて!

またマハヴィールは、レスラーの身体づくりには動物性タンパク質が必要だと、信仰上の菜食主義を翻して鶏肉を買い、チキンカレーを料理します。

そのときのお母さんの剣幕がすごい。

「私の台所で鶏肉なんて絶対に料理させないわよ!」

怒り狂います。

このへんも日本人にはわかりづらいところですが、菜食主義を誇りとする人々は、同じ家で生臭ものが料理されるのをひじょうに嫌います。

以前、友人が住んでいたアパートも大家さんが菜食主義者で、動物性のものの持ち込みは一切禁止。とはいえ日本人、たまには肉も食べたくて、チキンを料理するときは匂いが出ないように窓を閉め切ってこっそり料理しました。

料理書を見ながら肉に下味をつけ、台所の外で自ら料理をするマハヴィール。お母さんは玉ねぎ炒めを済ませた鍋を運んできて「今日からその鍋はもう私の台所に持ち込まないで!」とまだ怒り収まりません。

たっぷりの油で揚げ炒めされたみじん切りの玉ねぎに、鶏肉が投入され、チキンカレーができます。その美味しそうなこと……。

菜食主義ではなくてもインドでは普段のタンパク源は経済的な豆が中心のことが多く、鶏肉はごちそう。細々暮らす家族がそうそう気軽に買える値段ではありません。

鶏肉を買うためにマハヴィールが肉屋にある取引を持ちかけ、それが物語の進行にずっとリンクしていくあたりもうまい展開でした。

女の子の人生とは

いやいや稽古していた娘たちが、ある日を境に変わります。

14歳で嫁ぐことになった長女ギータの友人の結婚式の夜、父親の横暴に耐えかねて涙するギータに、花嫁が言います。

「あなたのお父さんのような人が父親だったらよかった。羨ましい」

きれいな花嫁衣装と豪華な装飾品を身につけた花嫁が、そう言って涙を流すのです。

社会は変わりつつあり、今もインド全体がそうというわけではありませんが、インドにおける女の子の人生は、自分がやりたいことを追い求めることなど選択肢に入らないことが多いのです。日本の古い価値観もそうだったように、女性の役目は、嫁いで子を産み育て、家事の担い手として家族に貢献すること。

「横暴かもしれないけれど、少なくともあなたたちを人間として認め、育てようとしている」

花嫁の言葉で父親の想いに気づいたふたりは猛然と稽古を始め、そしてついに。

長女が初試合に臨みます。

父親の目標は、娘をインド代表として国を背負って国際試合に立たせ、勝利させること。

娘たちは父親の元を離れ、国のスポーツ選手養成機関での生活を始めます。さまざまな局面を娘たちは切り抜けていきます。

はたして彼女たちは父親の、そして自分たちの目標を達成することができるのか? と物語が続いていきます。

女性が勝ちとっていく「敬意」

物語は、横暴な父親の夢のために犠牲になる娘たち、といった冒頭から、女性が人間として認められ敬意をもって扱われていくというヒューマンドラマに変わっていきます。

Dangal=レスラー、レスリングの試合、というタイトルはそのあたりの「戦って勝ち取っていくもの」への想いとリンクしており、ジャンルとしては正統的なスポ根ながらもそれだけに終わらない物語といえます。

ウーマン・エンパワーメントはインド映画全体に最近本当によく見るテーマで、こうしてたたみかけるように同じテーマの娯楽作品が次々に作られていることに力強いインドの変化を感じます。

主演の娘たちを演じた子役と成長してからの女優さんたちもとても魅力的でした。

強い意志を持つ目をした長女、愛嬌と情の深さで頑固親父と頑固姉の間をとりもつ次女と、子役から成長した役への移行もイメージに差がなく自然でした。

家族の物語

最初は横暴な頑固親父そのものだったマハヴィールのまなざしが、戦う娘たちを見守るうちにどんどん変わっていき、その変化にも胸打たれます。

夫に渋々という形で従っていた母親も、娘たちの躍進を目の当たりにするにつけ、夫や娘たちを支えていきます。

「女の子なのにレスリングなんてしたらお嫁にいけなくなる」

冒頭でそう心配する母親に「この娘たちは誰かに選ばれるだけの人間にはしない、自分たちで選ぶ人間になるんだ、いいな?」と言い放つ夫。

馴染んできた価値観の転換には勇気がいるもので、母親は、これでいいのかと迷いながらも夫の言葉に希望を見出し、自分の世代ができなかった女性としての生き方を娘たちに託したように思いました。露出は控えめでしたがこのお母さんもとてもよかったです。

また試合のシーン、どう撮っているのかわかりませんがひじょうに見応えがありました。本当に戦っているかのようで手に汗握る迫力!

おっかない父親と、父親を恐れながらも熱い信頼で結ばれた娘たち、それを支える母親や幼馴染の少年といった脇役までが味わい深く、さすがアーミル主演と思える大作で、インド映画というカテゴリーではなく一作品として素晴らしいと思いました。


日本公開時にメインビジュアルが本国とはかけ離れたものになったり、エッと驚くような副題がついたりすることはこれまでもたくさんありました。今回も予想だにしない展開になり既存ファンのあいだに衝撃が駆け抜けましたが、とにもかくにも誰かが買い付けて公開されないことには始まりません。

作品の力を信じて、Masala Press一同、陰ながら大ヒット祈願!

アンジャリ(Anjali)

アンジャリ(Anjali)

Masala Press代表・印流楽しいこと案内人。神奈川県茅ヶ崎市生まれ。東京外国語大学インドネシア語科卒。学生だった1997年にバックパッカーとして単身インドを訪れ3ヶ月を各地で過ごす。以後、インドの舞踊と映画に心酔。ガイドブックなどのライターを経て旅行会社に就職、インド専門添乗員を務めるも、2001年からはインドとロンドンを拠点に放浪生活を送る。2006年に本帰国、外資系証券会社に再就職、10年間の会社員生活を経て、現在、インド映画の印流ブームを興すべく奮闘中。

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