【新大久保の南アジア】ネパール編序章

ただいまひっそり別サイトを構築中です。よろしかったらそちらもどうぞ。

Girls’ India 女子よインドを旅しよう


番外編「女子必見! 新大久保でサリーを買う
【新大久保の南アジア】ネパール編序章
【新大久保の南アジア】ネパール料理店 -アーガン(Aangan)-
【新大久保の南アジア】ネパール料理店 -ソルマリ(Solmari)-
【新大久保の南アジア】イスラーム横丁2017 その1
【新大久保の南アジア】イスラーム横丁2017 その2
【新大久保の南アジア】イスラーム横丁2017 その3
【新大久保の南アジア】イスラーム横丁2017 その4


コリアンタウンのパラレルワールド

週末の新大久保は大混雑。ここは原宿かと思うような人混みです(たぶん違う)。コリアンタウンの別名通り、多くは韓国料理店、韓流グッズや韓国の化粧品のお店目当ての老若(男)女ですが、この街には別の勢力が脈々と根づいています。

それは南アジア。私アンジャリが学生だった1990年代後半には、イスラーム系ミャンマー人によるハラル食材店がすでにありました。昨今、新大久保の南アジアはネパール人の流入が目覚ましく、ますます拡大している模様です。

Masala Pressはインドの話題を扱っていますが、周辺国を含む南アジアの雰囲気を味わえるということで、不定期に新大久保のご紹介をしていきたいと思います。しょっぱなはネパールから。

そもそもネパールはどこにある?

その前にネパールがどんな国かをおさらいです。場所はインドの北東に位置します。ああもう私、世界地図だいすき! こうやって地図を眺めていると、世界はつながっているんだなあということと、なぜそこに線が引かれているのかということに興味が湧いて尽きることがありません。

南アジアのイメージ

ネパール国内はこんな感じ。首都カトマンズと、ヒマラヤトレッキングなどの拠点となり旅行者が多い街ポカラ。私は1997年と1998年の2回、ネパールを訪れたことがあり、2回目はポカラからアンナプルナ内院のヒマラヤトレッキングに行きました。とにかく体力のないへたれトレッカーで、通常の何倍もかかって標高4130メートルのアンナプルナ・ベースキャンプまで行きましたっけ。

ポカラはピースフルなペワ湖と雄大なヒマラヤ山脈の眺めが素晴らしく、のんびりするにはたいへん結構な街です。最初に訪れたときは、緊迫の初インドのあとだったので疲労が募り(笑)、物静かなネパール人家族が経営する日本食料理屋さんに入り浸って本棚の「ゴルゴ13」を読みふけるという実にもったいない滞在をしましたが。

のんびりするには最高のロケーションのポカラ

当時、旅行者にはインドのバナーラスからネパールのカトマンズまで列車とバスで移動するルートが有名でした。いまもそのルートは健在のようですね。バナーラスの旅行会社などで直通のツーリストバスなどを手配できるようです。

ネパールの民族・ことば

ヒマラヤ山脈を思わせるのネパール国旗。ネパール料理屋さんの目印になっていることも多い

ネパールの人口は2,643万人(2006/2007年度政府中央統計局推計)、東京よりも少ない人口が、北海道の1.8倍の国土(14.7平方km)に暮らしています。南はインド、北は中国と大国に挟まれており「非同盟中立」を外交の基本としているそうです。

さまざまな民族が暮らすなか、ヒンドゥー教徒が8割を占め、仏教徒やイスラム教徒などもいます。

国語はネパール語。インドのヒンディー語を聞き慣れた耳には「ちょっと似た単語があって分かりそうだけど、やっぱり分からない」言葉といえます。ただやはりインドの影響は大きく、外国人と接する機会があるネパール人の多くはヒンディー語も話せる人が多いように思います。

インドとの関係はちょっと複雑なよう。力関係では当然ながら大国インドが圧倒的で、経済的にもインドに依存するところは大きいようです。インドとの時差が15分というあたりにネパールの意地を感じます。日本との時差は3時間15分。計算が面倒くさいの!

* 数字などのデータ類は外務省のサイトを参考にしました。

急増する日本在住のネパール人

以前から「インド料理店」という看板でありながら、料理人はネパール人だったとか、メニューの半分くらいがネパール料理だった、ということはよくありました。「ネパール料理」の看板よりは、「インド料理(=カレー)」の看板のほうがネームバリューがあったからでしょうか。

インドでも、ちょっと流行っている旅行者向けの食堂は料理人がネパール人だったりしました。個人的には、修行を積んだインド人のプロのシェフは別として、見よう見まねで料理を習得した場合などは、インド人よりもネパール人のほうが繊細な味つけをするなあという印象です。素材の味が生かされていてしみじみ美味しいなあと思うとネパール人コックさんだったり(インド人のみなさんごめんなさい)。

そんな昔から在住のネパール人が、昨今、続々とネパール料理店の開店をしているようです。インドの看板ではなくネパール本来のお料理を正面から出すお店が増えて、その勢いを感じます。

そこにさらに勢いを増したのが留学生の存在でしょう。2014年の法務省の外国人登録者データによると、日本在住ネパール人は54,775人で、そのうち2万人以上が留学生だそうです。東日本大震災の余波で多くの中国・韓国の留学生が日本から帰国するなか、語学学校が猛攻勢をかけたのがネパールとベトナムといいます。確かに現在、新大久保界隈を歩いている留学生はその2国がとても多いです。

主要産業が農業と観光というネパール。2015年4月に大地震が起きてから2年経ち、大打撃を受けた観光業も、ぼちぼち観光客が戻ってきてはいるようです。ただ、たまに顔を合わせるネパール人の皆さんの表情はまだ晴れず、「復興はまだまだ」と聞きます。

ネパール料理はどんな料理か?

新大久保界隈には2017年3月現在、ネパール料理店が30軒以上あるといわれています。

スパイスを使うという点ではインド料理に通じるところがあるし、実際「カレー」的な料理も多くありますが、食べてみるとやっぱり違う。より素朴で、より家庭的なお料理が多いように思います。

Masala Pressでは、そんなネパール料理が食べられるお店をぼちぼち紹介していきたいと思います。


アンジャリ、ブログはじめました
人生に必要な知恵はすべてインドから学んだ -印流楽しいこと案内人、インドで食っていこうと奮闘なう-

投稿者: アンジャリ(Anjali)

アンジャリ(Anjali)
Masala Press代表・印流楽しいこと案内人。神奈川県茅ヶ崎市生まれ。東京外国語大学インドネシア語科卒。学生だった1997年にバックパッカーとして単身インドを訪れ3ヶ月を各地で過ごす。以後、インドの舞踊と映画に心酔。ガイドブックなどのライターを経て旅行会社に就職、インド専門添乗員を務めるも、2001年からはインドとロンドンを拠点に放浪生活を送る。2006年に本帰国、外資系証券会社に再就職、10年間の会社員生活を経て、現在、インド映画の印流ブームを興すべく奮闘中。