ボリウッドのお母さん逝く、そして”Kuch Kuch Hota Hai”




リーマ・ラグー(Reema Lagoo)という名前を知らなくても、このお顔を見たら「ああ、あの映画でヒロインのお母さんをやった人か」などとわかる、彼女はそんな女優さん。

インド映画界には実年齢が意外と若いうちから「父役といえばこの人」「母役といえばこの人」として定着している定番の俳優が何人かいまして、彼女もそんな存在のうちのひとりです。80年代後半から90年代にかけての主人公らの「優しいお母さん」といえばリーマで、大ヒット作品に何本も出演しています。

そんなリーマがさる5月18日に心臓病のため58歳の若さでなくなりました。ものすごく目立つわけでもキャラが立っているわけでもないのに彼女が上品に微笑んでスクリーンのなかにいるとみんながほっこりするという、稀有な存在でした。早すぎるおわかれが残念で残念でなりません。

まだ20代前半のころにアイテムソングを踊っているリーマの動画があったので貼っておきます。うつくしいです。

“何かが起きている”

私アンジャリがこの人を初めて観たのは映画 “Kuch Kuch Hota Hai 何かがおきている”(1998)、通称 “KKHH”。この作品は私がインド映画にのめり込むきっかけとなった作品で、何百回観たか分かりません。ヒロインの名前「アンジャリ」をいただいて自分の筆名として使っているほど思い出深い作品です。

豪華な衣装とセット、男子組と女子組に分かれた掛け合い、ヒロインや周囲の人物の心情を間に挟むなど、もはや様式美ともいえる正統的な婚約式ソングがこちら。途中、リーマが娘を嫁がせる母親の気持ちを歌うシーンがあります。

派手ではないけれど、要所要所でヒロインの「本当の心」を確かめる、お母さんにしかできないシーンがあって、泣かせるんですよ。

リーマは出てきませんが、タイトルソング “Kuch Kuch Hota Hai” がこちら。大ヒット作品のタイトルソングで、このあとのいろいろな作品にオマージュとして登場する曲でもあります。私はいまだに風が吹いているとついスカーフを広げて「KKHHごっこ」がしたくなります。長回しのカメラワークも新鮮でした。



「りぼん」世代をくすぐるお話

2004年の東京国際映画祭などで上映されたものの、日本ではDVD化などはされていません。Youtubeに英語字幕で観られる動画があるのでよろしかったらどうぞ。いつかこの作品を日本語字幕つきのDVDにしたいのですが、現在主流のフィルム形式が変わっていることや配信形態の多様化で配給権がややこしくなっているようです。

最初の30分の「ぼくらのイケてる大学生活」の、のけぞるような超絶ダサい描写(褒めてる)に耐えれば、そのあとは胸キュン間違いなし。

きれいなあの娘と違ってチグハグな自分、これが恋かと気づいた戸惑い、自分ではなくあの娘を見ていたアイツ、叶わなかった初恋、自分と同じ名前の初恋の人の娘、大人同士として再会するふたり、そして……。

「りぼん」の少女漫画が好きだった女子は絶対好きなんですよ(笑)。カッコわるくも誰かを一生懸命好きになった未熟な「私」と、分別をわきまえた大人になった「私」。叶えられなかった望みが時を経て、人の意志と運命の合わせ技で満たされていくという、なんともいえないカタルシスを味わえる作品です。

ボリウッド映画界のセレブなどが「好きな映画の台詞ランキング」などを挙げると入ってくる一節がこれ。最初のほうと最後のほうの2回出てきて、まったく同じ台詞なのにニュアンスが変わります。

Hum ek baar jeete hain, ek baar marte hain, shaadi bhi ek baar hoti hai, aur pyar…, ek hi baar hota hai.
ぼくらは1度生きて1度死ぬ、結婚は1回して、そして人を愛するのは……、ただ1度だけ

若いころは胸キュンなだけの台詞だったけれど、歳を重ねてくるとなんだかとってもじわじわ胸に迫る台詞です。

アンジャリとKKHH

インドでの公開1998年10月、公開初週に留学先のマレーシアでこの作品を観ました。映画館で隠し撮りされた最悪の画質のビデオCDだったにもかかわらず、真夜中の自室でぼろぼろに泣き崩れてしまい、この作品をちゃんと観たくてその後インドを再訪し(まだその頃はインド渡航歴2回くらい)、これと同じくらい心を揺さぶられるインド映画を観たくてインドに通いまくり、インド映画のなかの踊りに魅せられ、その土台となっているインド古典舞踊を観始め……と、すべての始まりがこの作品だったわけです。公開当初はまったく分からず英語やマレー語の字幕頼りだった台詞も気づけばけっこう聴きとれていたり、最近の20代の若者には「ああ、子どものころの思い出の名作だよ」と懐かしの作品扱いされたりと、年月を感じます。

公開当時、シャールク・カーンの妻ガウリ・カーンがカメオ出演しているというので日本人ファン同士で「どこにいるんだろうねえ」と探したり、シャールク・カーンもついに父親役とスーツが似合うお年ごろになったかなどと感慨にふけったりしたのも懐かしい思い出。ガウリ様は今のお顔が変わりすぎていて元がわからずまだ見つかりませんし、シャールクはずいぶん長いこと若さを保ってアンチエイジングですが、俳優としてはそろそろ次のステージに行きそうですね。

そんなわけで、もっとも愛する作品の重要人物であったリーマ。これからもスクリーンでは変わらず優しいお母さんでいてくれることでしょう。ご冥福をお祈りいたします。

投稿者: アンジャリ(Anjali)

アンジャリ(Anjali)
Masala Press代表・印流楽しいこと案内人。神奈川県茅ヶ崎市生まれ。東京外国語大学インドネシア語科卒。学生だった1997年にバックパッカーとして単身インドを訪れ3ヶ月を各地で過ごす。以後、インドの舞踊と映画に心酔。ガイドブックなどのライターを経て旅行会社に就職、インド専門添乗員を務めるも、2001年からはインドとロンドンを拠点に放浪生活を送る。2006年に本帰国、外資系証券会社に再就職、10年間の会社員生活を経て、現在、インド映画の印流ブームを興すべく奮闘中。