彼の怒りはインドの怒り”Naa Peru Surya, Naa Illu India”を観てきました

在住インド人団体による自主上映会に久しぶりに行ってきました。

「ハズレかもしれないけど、主演俳優が好きだから一応観よう」という不届きな動機でしたが、なんかすごくよかった!

けっこう最初のほうで涙腺崩壊してしまい、泣いたり笑ったりしながら最後は号泣。

冷静な批評としてはいろいろあるとは思うのですが、アンジャリ個人的にひじょうに訴えてくる作品でした。

ということで、いずれYoutubeに公式のフルムービーが上がるかもしれないので、レビューをおいておくことにします。


今回はいくつかある自主上映団体のなかでも2012年ごろから活動している老舗のインドエイガ・ドットコムさんによる上映会。

作品はテルグ語映画界で着々と人気を定着させているアッル・アルジュン(Allu Arjun)主演の”Naa Peru Surya, Naa Illu India”(私の名はスールヤ、インドが我が家)です。

インドでの公開が5月4日(金)の作品を日本で5月6日(日)に上映です。相変わらず、在住インド人のみなさんの手腕やすごし。

作品や出演者情報はPriyan News & Gossipsに詳しいです。このサイトの運営者さまのツイッターはディープな南インド映画情報が流れてくるので、まだの方はぜひフォローを!

トレイラーはこちら

軍隊もので、怒りっぽくて問題児の兵士がAnger Management(怒りの感情のコントロール法)を課せられる話(?)ということで、主演俳優がこの人でなければ、私はいまいち食指が動かないタイプの話ではあります。

※以下、英語字幕だったため、詳細設定の答え合わせの意味も込めたあらすじ

あらすじ

インド陸軍に所属するスールヤ(アッル・アルジュン)は抜群の戦闘能力を備えた優秀な兵士で、夢はパーキスターンとの国境の最前線で警備にあたり、インド国民の安全を背負って立つこと。酒場での乱闘に「10人がひとりを倒すのは見たことがあるが、ひとりで10人をぶっ倒したのは見たことがない」と証言せしめるほどの無敵さを誇るが、強すぎる正義感とコントロールの効かない「怒り」でとある事件を起こし、問題となる。

不名誉除隊になりそうなところ、育ての親のおじの口利きで、上官(『きっと、うまくいく』の学長を演じたボーマン・イーラーニー!)から「怒りのコントロール法を身につけ、インドが誇る著名な精神科医のラーマクリシュナ博士のお墨付きのサインをもらってくれば希望通り国境警備に配属しよう」という条件をとりつけた。

ところが、ラーマクリシュナ博士は、子どものころからソリが合わないスールヤの実父であった。16歳で家を飛び出して以来、一度も会っていなかった父親に会い、形だけのセラピーを受けて書類にサインをもらおうとするスールヤ。「若くして結婚した私には子どもは早すぎた。お前など生まれてほしくなかった」。面と向かってそんな言葉を浴びせられ、反発するスールヤだったが、夢である国境警備への配属のため、博士の提案する21日間の「怒りをコントロールするためのプログラム」に参加することに。

一方、街では地元マフィア・チャラーの一派による土地の強奪や、商店の強制閉鎖といった嫌がらせが横行していた。行きがかり上、チャラー一派に手を貸す羽目になったスールヤは、カールギル紛争の傷病兵士ムスタファ一家が、報償として国から与えられた土地を奪われそうになっている現場に立ち会う。誇り高き元兵士ムスタファ、やはり兵士だったムスタファの年老いた父、医師を目指すという息子のアンワル。同じ兵士として彼らに敬意を持ち、彼らのおかれた状況に怒りを覚えるものの、国境警備という夢の前に、スールヤは怒りを飲み込み、その後起きるチャラーの息子による犯罪にも目をつぶるのだった。

スールヤは無事、博士のサインを手に入れ、軍に返り咲き希望する国境警備へ配属されるのか? スールヤが一度は見て見ぬふりをしたムスタファ一家の惨状に希望は戻るのか?

※以下、核心に触れるネタバレはありませんが、お話にはけっこう触れますので、ネタバレ回避したい方はこのへんで回れ右をば。

彼の怒りはインドの怒り

冒頭からスールヤの暴れっぷりが際立ちます。よく伸びよく動く手足が繰り出す美しいアクション、予定調和だけどみごとに吹っ飛ぶ悪いやつら、テルグ映画あるあるな、いかにも痛そうな痛めつけかた(痛)。

けれど彼が怒るのは自分のプライドや損得のためではなく、女性蔑視や不正といった、インドが抱える社会の闇や理不尽に対してなのです。

立場の弱い者が、痛めつけられ、押さえつけられ、声を上げる術を奪われて絶望とともに生きる。そんな現状にスールヤは怒り、怒りが振り切れて大暴れん坊と化すのです。

暴力が正当化されてはいけない……と日本人ならきっと思いますし私も異論はありません。

けれど、役人、警官、そういった行政側の現実の不正の横行や事件の揉み消しを飽きるほど見聞きしていると、スールヤはインド社会の弱者の怒りを一身に背負って怒っているのだというふうに思えました。

またずいぶん前のことですが、インド在住時に友人をしばらく見かけないと思っていたら、その街のマフィアに監禁・暴行されていたことがあり(命は無事でしたが)、そのマフィアたちは表向きはそれらしいビジネスマンとして地元に根づいていると聞いたことを思い出しました。だからおそらく、そういった「ヤ」の字がつきそうな勢力というのはあながち映画的な設定というわけでもなく、まだインドのあちこちに存在しているのだと思われます。

印パ戦争とカールギル紛争

以下、専門家ではない私が記すので不足している部分があるかと思いますが、この作品の要でもあるインド・パーキスターンの関係についての背景を少々。

インドは1858年から1947年までイギリスの植民地でした。

※ちなみにこのころの模様を描いた映画で日本で現在観られるものとしてはNetflixで視聴できる『ラガーン(Lagaan)』や全国を自主上映中の『リンガー(Lingaa)』があります。

1947年分離独立

ざっくり言って(専門家の方どうか怒らないで……)、現在の国境線を挟む地域のイスラーム教徒が西へ、ヒンドゥー教徒が東へ、それぞれ大移動し、西側がパーキスターン、東側がインドとして分離・独立しました。

※この過程で起きた虐殺や暴動や略奪や一家離散やその他ありとあらゆる悲劇についてはたくさんの映画があります。Amazonビデオで観られる『ミルカ(Bhaag Milkha Bhaag)』の冒頭に描かれていたり、先だって開催されたイスラーム映画祭3で上映された『熱風(Garm Hava)』でも、「ムスリムは西へ行け」という圧力に葛藤しながらも抗い、インドに残り、インド人として誇りを失わずに暮らしていくことを決断するムスリム一家が描かれていました。

1947年〜1948年第一次印パ戦争

この分離独立のあとにも北西部のカシミール地方の帰属を巡って両国が争い武力衝突。国連の介入によってカシミール地方に停戦ラインが引かれカシミール地方が分割されました。

※このカシミール地方は標高8000m級のカラコルム山脈や世界第2の高峰K2を抱えた、山岳地帯が広がる地域。日本では観られませんが(悔しい)サルマーン・カーンが迷子の女の子をパーキスターンの故郷に送り届ける『Bajrangi Bhaijaan(ハヌマーン兄貴)』の冒頭で、両国をまたぐカシミール地方の美しい山脈の空撮が現れたり、作中の風景にも描かれています。こんなに美しいところで実戦の武力衝突があったのかと思うと涙が出るようなシーン。印パ関係を語るときどうしてもパーキスターンを悪者にしがちなインド映画において、この作品は両国に愛をもって描いていて、その点でも救われた作品です。鑑賞の機会があればぜひ。

1965年〜1966年第二次印パ戦争

Wikipediaより

1947年から1948年の第一次印パ戦争後、カシミール地方については、両国で分割したままの実効支配が続き、最終的な帰属は決定されなかった。停戦監視のため、国際連合インド・パキスタン軍事監視団 (UNMOGIP) が派遣されていたが、不穏な状態が続いていた。

1962年の中印国境紛争で、アクサイチンに中国人民解放軍が侵攻、中華人民共和国が実効支配をするようになると、パキスタンもそれに影響を受け、1965年8月には武装集団をインド支配地域へ送り込んだ。これにインド軍が反応し、第二次印パ戦争が勃発した。

インド軍はパンジャーブでも攻勢を行い、パキスタンは守勢を取らざるを得なかった。国際社会の圧力により、両国は9月20日の国際連合安全保障理事会決議211を受諾し、9月23日には停戦となった。その後は、UNMOGIPおよび国際連合インド・パキスタン監視団 (UNIPOM) により停戦監視が行なわれた。タシュケントにおいて、1966年1月4日より和平協議が開始され、1月10日に両軍の撤退が合意された(タシュケント宣言)。これに基づき2月25日までに、1965年8月以前の位置へと軍を撤退させている。

1971年第三次印パ戦争

1970年のサイクロンによって国土の大半が水没し、大量の難民がインド東部ベンガル地方に流出した東パキスタンは、西パキスタンの支配から独立しようとしたが軍事衝突。そこにインドが介入、東パキスタンをバングラデシュとして独立させた。

1999年カールギル紛争

3回の大戦を経たインドとパーキスターン。カシミール地方の領有は2018年現在も決着がついていません。

どちらの国に属すかという帰属問題を巡ってずっとくすぶりつづけていた勢力が、1980年代後半ごろから大規模に組織化し、インド政府との武力衝突が激しくなり始めます。

※このあたりの時代背景を含めて描いた作品としては『Haider』があります。作品と時代背景の詳細な解説はバハードゥルシャー勝さんのこちらのサイトを参照するとよいと思います。ああ、最初からこのサイトを紹介すればよかった……というくらいまとまっていますので、ちゃんと理解したい方はぜひ。

こういった長い長い流れがあり、1999年、パーキスターン軍とカシミール地方の武装勢力が、カシミール地方カールギルの印パ停戦ラインを超えてインド軍駐屯地を占領するという事件が起きます。これをきっかけに再び、印パは武力衝突へと突入します。不穏な関係が続くなか、前年1998年に両国でそれぞれに核実験を実施していたこともあり、カールギル紛争が第三次世界大戦へと繋がるのではないかと全世界に緊張が走りました。

「国境」が意味するところ

めちゃくちゃ長い前置きでしたが。

本作の冒頭からしばらくして、インド軍の戦闘シーンや、戦死した部下の遺留品をスールヤが家族に届けるシーンなどが回想のように展開します。きちんと読み取れたわけではないのですが、戦闘シーンは近代戦としてインドの人々の記憶に新しいカールギル紛争のときの場面も入っていたかと思います。スールヤの年齢設定からして戦士した部下についてはカールギル紛争(1999年)ではなさそうですが。

余談ですが私は2001年に地元民のふりをしてカールギルの東70キロに迫る村を訪れたことがあります。外国人の入域には許可証が必要でした(現在も必要)。当時カシミール地方全域でビジネスをしていた友人は、前後に1台ずつ私兵を乗せた車で行き来していました。

中心地シュリナガルが「この世の楽園」としてヒッピー旅行者に人気だった時代もあるそうで、近年も小康状態を保っていた数年はぼちぼちと観光客も訪れていました。しかし2016年ごろからまた大規模な武力衝突が頻発するようになり、現在に至ってもなお、リアルにつねに紛争を意識せざるを得ない地域です。

訪れたときに見た美しい山々、のどかな人々の暮らしといった風景のすぐ近くで、人と人が殺しあう戦闘が本当に行われていると思うと、心が痛んでなりません。

観光では暮らしていけなくなったカシミール人はインド全土でちょっと高めのショールや工芸品の土産物店を経営していることが多く、カシミール地方ではないところで彼らと会うことも多いのです。「行ったことがあるよ」というと、不穏な故郷を憂い悲しむ素顔が垣間見え、ちょっとボッタクリ気味の商魂たくましい彼らも多少の手加減をしてくれたりします。

この回想的シーンではインドの独立記念日8月15日に首都デリーで行われるパレードの陸軍のパフォーマンスの映像が、いつのものか不明ですが、本物が使われていました(オモシロ曲芸として日本でもYoutubeなどで取り上げられることがありますが、いたって真面目なパレードです)。

統一インドという正義

このひじょうに長い前置きを前提として、兵士スールヤは「インドを背負って守りたい」と「ボーダー、ボーダー」と国境に固執しているわけです。

冒頭の酒場は北インドのデヘラードゥーンという陸軍の教育機関などがある街でのことで、乱闘のきっかけは「おまえ、サウスか? 南インド人だな」と侮蔑を込めて言われたためでした。

「南、北、東、西。インドはそんなにたくさんあるのかよ。俺のインドはひとつしかねえ」

スールヤはそういって大暴れします。

このメッセージは、インド映画界で定期的に製作される愛国的な作品に頻出するもので、宗教や地域を超えて「インド」として強固に団結しないと、敵(この場合まあパーキスターンでしょう)に立ち向かえない、というメッセージです。

また、マフィアのチャラー一味に土地を強奪されそうになるムスタファはカールギル紛争の戦闘で足を負傷した元兵士で、名前から分かるようにイスラーム教徒です。

ムスタファが警察にチャラー一味の脅迫を訴えに来るシーンで、警官が「同じムスリムとして言わせてもらうが」と暗にムスタファに泣き寝入りを示唆したとき、ムスタファは「ムスリムとして来たわけじゃない、私はインド人としてここに来ているのだ」と返します。

前述の『熱風』で、1947年の分離独立当時、「イスラーム教徒はパーキスターンに行け」と一族の歴史があるアーグラーの街を追われかけている一家が描かれていたことが思い出されます。彼らは「インド人」としてインドに残り、イスラーム教徒への不当な扱いに抗う決断をします。実際のところ、インドには人口の1割程度のイスラーム教徒がいると言われており、なかには途中でイスラーム教徒に改宗したグループもいるでしょうが、独立前から代々インドに暮らしている人口も多いと思われます。

また、インドの愛国モチーフの映画はどうしても北インドを描くボリウッドに多くなりがちで、ご当地愛の強い南の映画がどのように全インドを背負う愛国心を描くのだろう? と思いながら観ていましたが、冒頭の回想シーンで戦死した部下の棺に「ハイデラバード」と書かれていたことからも分かる通り、陸軍には北インドのみならずインド各地方の出身者がいるんですよね。

負傷はしたものの国のために戦い、それを誇りに生きるムスタファという男とその家族をこの作品の重要な登場人物に設定したのは、インド団結の前には、宗教による分断があってはならないという大きなメッセージが込められていると思いました(スールヤ自身はヒンドゥー教の神に祈るシーンがあるのでヒンドゥー教徒と推測される……というか本人もお父さんもバリバリにヒンドゥー名ですな)。

マフィアの手下がムスタファの年老いた父親に刀を突きつけ、「殺すぞ」とスールヤを威嚇するシーン。

「殺したいなら殺せ。その人は70年も前に死ぬ覚悟ができていたのだから、後悔はなかろう」

と迷いなく返すスールヤ。ムスタファと同じく兵士だった父親も「うむ」とスールヤを見つめます。派手な立ち回りのアクションシーンなのに、もういきなりドバーッと泣きますって。

これは終盤「外の敵に立ち向かうべきインドが中に腐敗を抱えていちゃいかんだろう」というスールヤのマフィアへのお説教にもつながっていきます。「パーキスターン人か?」と挑発されたマフィアのドンが「俺はインド国民だー!」と激昂してアーダールカード(マイナンバーカードのようなもの)を尻ポケットから出す、なんてあたりは、かなりブラックながらもコミカルでしたが(このあとのスーリヤの説教もまたふるっていました)。

あとね、重要な役割を果たす息子のアンワルという名前は「暗闇を照らす光」という意味のイスラーム名。文字通り「光」を失いかけるムスタファ一家。アンワルの行く末がもうね。泣きますって。

 

交錯するサイドストーリー

これほどの大きなテーマのなかに、父と子のわだかまりやら、ヒロインとのラブストーリーやら、いろいろと絡めてくるものですから、話が盛大にとっ散らかった感じで前半の終わり。インターミッション(休憩時間)に、この日250円で提供されていたサモサをほおばりながら、後半どうやって着地するんだろう? と思っていました。頭がいっぱいで顔見知りの皆さんとお話しすることも忘れ気味。

大枠の物語とあまり関係ないながら、10年前にひと言もかけず出て行ったとなじるママの怒りかたが少女のようで、それをなだめるスールヤがたまらなく愛おしかったなあ。女子がギャンギャンわめいているときは、男は黙って優しく抱きしめる、ですよ。うん。ヒロインとのラブストーリーよりもこのシーンのほうが萌えました。

暴れん坊の恋物語

さて、本作はまた、音楽シーンがサイコー! でもありました。

前半の“Lover Also, Fighter Also”

帽子の曲芸(?)はCGではなく実際にやっているそう。

でもやっぱり圧巻は、待って待って後半でやっと出たこちらでしょう。“Iraga Iraga”

インドでもまだ公開直後でどちらもまだチラ見せバージョンなので、フルバージョンのリリースが待たれます。何度でも観たい! アッル・アルジュンを呼ぶときの枕詞は”Stylish Star”だそうで(南は各スターそれぞれあったりします)、予告編にも映画の冒頭にもおっきくババーンと出ます。確かにスタイリッシュ。

とくに”Iraga Iraga”はインド映画に求めるゴージャスさがすべて詰まっていて、また超絶ダンサーのアルジュンの可愛らしさを余すところなく味わえる曲でした。

今回ずっと怒った顔しているので、ニコッとほころびるアルジュンの笑顔に、かなーりヤバい感じに、やられます。

ちゃんとまとまる不思議

思い起こせば悪役のマフィアのドンの息子も黒い感じのイケメンだったし、途中でスールヤに重要な示唆をする警官青年も爽やかなイケメンだったし、なんだかんだと眼福な作品でもありました。

そして、やや力技ながら終盤は三方良しな感じに収まり、インドの愛国歌Vande Mataramが流れ、エンドロールではインド国家Jana Gana Mana。

カシミール地方の風景や、そこで暮らしていた人たちの顔が浮かんだり、国を良くしていこうとがんばっている人たちの顔が浮かんだり、ちょっといろいろな想いが込み上げてしまい、インド人ではないのに愛国歌あたりから滂沱の涙ですよ。

まさか(チャラさが似合う)アッル・アルジュンのテルグ語映画でまぶたが腫れるほど泣きはらすとは予想だにしていませんでした。

ちなみに印パ関係については外国人の私は中立を通したいと思っています。どちらかだけが極悪ということは絶対になく、正義の反対は悪ではなく、別の誰かの正義であると思うので(映画「クレヨンしんちゃん」の名台詞を借りました)。

Vande Mataram

Jana Gana Mana

州によっては映画館で上映前に流れるJana Gana Mana。インド人は全員起立します。

後ろのほうの席を振り返ったら、やはりインド人勢は起立。私もインドへの敬意を込めて立ちました。

聖地・川口SKIPシティ

さて、会場となったのは、埼玉県川口市にあるSKIPシティ 彩の国ビジュアルプラザ

JR川口駅からバス利用とややアクセスは悪いものの、325席を誇る映像ホールは4KのDCPの上映可能で音響も大変素晴らしいホールです。

複数のインド人自主上映団体が利用しており、一時は毎週のようにここでインド映画の上映会があったことから、インド映画ファンにはもはや「聖地」といってもいい場所です。

今回のようにインド映画の中でも日本の鑑賞人口が少な目のテルグ語映画の上映会だと、全席が埋まることはほぼないので、ゆったりと鑑賞することができます。

インド人はなぜか後方席が好き、日本人はだいたい前のほう(?)

客層に変化が!

自主上映会はこれまで、インド人大多数の中に日本人が1割から2割くらい、というのが私の印象だったのですが、従来のコアなファンの皆さまの地道で丁寧なSNSを通じての案内のためか、久しぶりに参加した今回、みごと半々に迫るくらいの日本人客の姿があったように思います。

バーフバリからインド映画に興味を持った方がおそるおそるいらしていたり。

数としては微々たるものかとは思うのですが、こうやってファンが増えてくれるのは嬉しい限りですね。

利益はあまり出ていないはずですが、最新インド映画を上映して、日本人の参加も快く受け入れてくれる主催者に感謝いたします。

近々ボリウッド作品上映も

別のインド人団体Space Boxさんが、来週はヒンディー語のボリウッド最新作の上映をします。

以前マサラプレスでも特集をした『Padmaavat』を上映した団体です。

予約のしかたなどは以前のこちらの記事をご参考にどうぞ。

今回の予約はこちらからどうぞ。

作品名:Raazi(合意)

上映スケジュール:

5月11日(金)18:30 神戸国際松竹

5月12日(土)15:00 イオンシネマ市川妙典

5月13日(日)15:00 イオンシネマ市川妙典

今回の記事にも長々と書いた第三次印パ戦争(1971年)のころ、パーキスターン軍将校と結婚したインドのスパイの物語とのこと。

主演は『スチューデント・オブ・ザ・イヤー 狙え! No.1』(Netflixでも視聴可能)でデビュー以来、コンスタントに良作に出演し続け若手随一の存在感を誇るアーリヤー・バット(Alia Bhatt)と、以前マサラプレスでも紹介したNetflixオリジナル作品『平方メートルの恋』で都会の優男を軽快に演じた注目俳優ヴィッキー・カウシャル(Vicky Kaushal)。

ヒンディー語音声・英語字幕による上映です。
※日本在住インド人による、基本的にはインド人向けの上映会です。開始時刻の遅れや上映中のおしゃべり等、日本の映画館のルールとは異なることもありますがご了承ください。
※一般ロードショーではないので、お問合せは劇場ではなくSpacebox Japanさんへお願い致します。日本語でも大丈夫です。

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アンジャリ(Anjali)

アンジャリ(Anjali)

Masala Press代表・印流楽しいこと案内人。神奈川県茅ヶ崎市生まれ。東京外国語大学インドネシア語科卒。学生だった1997年にバックパッカーとして単身インドを訪れ3ヶ月を各地で過ごす。以後、インドの舞踊と映画に心酔。ガイドブックなどのライターを経て旅行会社に就職、インド専門添乗員を務めるも、2001年からはインドとロンドンを拠点に放浪生活を送る。2006年に本帰国、外資系証券会社に再就職、10年間の会社員生活を経て、現在、インド映画の印流ブームを興すべく奮闘中。

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