極私的『バジュランギおじさんと、小さな迷子』

公開迫る!『バジュランギおじさんと、小さな迷子』

インドの歴代興業成績第3位に輝くハートフルドラマ『バジュランギおじさんと、小さな迷子』がいよいよ来週1月18日から公開です!

公式サイトはこちら

レビューはしかるべき権威にお任せして(おい)、Masala Pressではアンジャリの極私的な思い入れを語ります。※作品の本筋に係るネタバレはありません。

あらすじ

猿神ハヌマーンの熱心な信奉者であるパワン(サルマン・カーン)は、馬鹿がつく正直者で、気は優しくて力持ち、ただしくすぐったがりが災いしてレスリングではいつも負けてしまう。

そんなパワンはある日、クルクシェートラという街でハヌマーンのお祭りを祝っている最中に、親とはぐれたらしい小さな迷子と出会う。迷子ちゃんは言葉が話せず、帰る家が分からない。

そんな彼女を拾ってしまったパワンは、居候先のデリーの父親の友人宅に迷子ちゃんを連れて行くが、ある日、ムンニーと名付けた迷子ちゃんはパーキスターン人ということが判明。

異教徒やパーキスターン人を家に置くことなど許さない家主の怒りに触れ、彼女をパーキスターンに帰そうとするも、ムンニーはパスポートもなく、そしてパワンにはパーキスターン入国のためのビザもパスポートもない。

パワンはその正義感からムンニーを家に送り届けると決意するが、はたしてふたりは無事、ムンニーの両親の元にたどり着けるのか?

歴史的、宗教的、政治的にもインドと対立する隣国パーキスターンへ、パワンとムンニーの長い旅が始まった……。

予告編はこちら

ハヌマーン兄貴との出会い

それは2015年7月のこと。

南インド・ケーララ州の旅を終えてデリーに戻り、ボリウッドの大スター、サルマン・カーンの新作が封切の初週ということで、何はともあれ映画館へ。

イスラーム教の断食月ラマダーン明けのイード(イードゥルフィトル)というお祭り時期の新作公開だからなのか、デリーの銀座コンノート・プレイスのいきつけの映画館は1日5回の上映でも満席状態。

サルマンの熱狂的ファンというわけでもなく、インド版の重厚なタッチの作品ポスターにもそれほど心惹かれず。

「バジュラング」とはインドの猿の神様ハヌマーンの別名で、「バジュランギ」はその信奉者。原題にあるBhaijaanは「兄貴」とでもいうような意味なので、「そうかハヌマーン兄貴の話だな、ふむふむ」。そんなノリで、サルマンお得意のいつものマッチョヒーロー路線のお祭り映画だろうと気軽に観始めました。

しかし……。

冒頭に映し出された空撮の雪山の風景、そのシーンでいきなりウッと込み上げるものがありました。

劇中では明言されていませんが、それはインド最北部ジャンムー・カシミール地方のヒマラヤ山脈、隣国パーキスターンとの国境にほど近い地域を思わせる風景でした。

インド・パーキスターン間のこと

インドは1947年にイギリス統治下からの独立を果たしています。

それは単純な独立ではなく、ざっくり言うと、西側にイスラーム教徒の国パーキスターンと、東側にヒンドゥー教徒の国インドという「分離独立」と言われるものでした。

その分離独立時には、カシミール地方やパンジャーブ地方には宗教による人口移動に伴い多くの混乱がありました。生まれ育った土地を追われたり、暴動、虐殺によって多くの命が失われた歴史があります。

またカシミール地方の帰属を巡っては今日に至るまで決着がついておらず、インドとパーキスターンの不仲の最大要因となっています。

※そのあたりの経緯については以前Masala Pressでもまとめてありますので興味のある方はこちら「彼の怒りはインドの怒り”Naa Peru Surya, Naa Illu India”を観てきました」をどうぞ。

インド人にとって「カシミール地方」とは、分離独立に伴う痛恨の記憶と切り離せない土地であり、分離独立以後の3回に渡る戦争、および紛争の火種となっています。

国境に迫る旅

一方、まったくの個人的な思い出ではありますが。

1999年に激しい紛争の地となったカシミール地方のカールギルという土地の東70キロに迫る村を、まだ小競り合いが続いていた2001年に訪れたことがあります。

そのときに見た、青く抜けそうな空に映える山々、牧歌的な人々の暮らし。

そこだけ切り取るとうっとりするような美しい風景のすぐ近くで、人と人が殺しあう戦闘が本当に行われ、人々の心に暗い影を落としていました。

本作の冒頭シーンはこのときの景色を思い出させるもので、あのように人智を超えた美しい自然を舞台に、インド・パーキスターン間の不仲がいまだ解決していないことが悲しくて悲しくてなりませんでした。

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映画におけるパーキスターンの扱い

インド映画には「インドはすごいぞエッヘン」と国民感情を高揚させる、愛国映画とでもいうべきジャンルが存在します。

そんなとき、よく持ち出されるのがパーキスターンとの比較。

そこで描かれるパーキスターンとは残忍で心ない人々の国であることが多く、それを見て溜飲を下げる一定の人々がいるであろうことも、歴史を紐解けば理解はできます。

そのあたりは一介の外国人がどうこういえる話ではないのかな……と静観してきました。

けれどこの作品には、「両国、仲良くしよう」というメッセージがあちこちに散りばめられていて、「パーキスターン=悪」というよくありがちだった表現がありませんでした。

みんなほんとは仲良くしたい

「憎しみではなく愛をもって子どもたちを育てようじゃないか」

劇中、そんな台詞を聞いた瞬間、涙が止まらなくなりました。製作の強いメッセージを感じました。アンジャリ、ヒンディー語はあまりできませんが、この台詞はしっかりと聞き取れました。

デリーの映画館では、エンドクレジットに入ると、驚いたことに、割れんばかりの拍手とスタンディングオベーションが起きました。

私がいつも行く映画館は中間層〜富裕層のちょっと取り澄ました階級の人が多く、大スターの映画であってもみな、静かにおとなしく鑑賞していることが多いのです。

そんな場所で、まさかのスタンディングオベーション。エンドクレジットに入ると早々に立ち去る人が多いインドの映画館で、ほとんどの観客がその場にとどまって力いっぱい拍手をしている……。

胸がいっぱいになりすぐには席から立ち上がれず、隣の席の人に「あなた大丈夫? 帰れる?」と心配されるくらい号泣に号泣を重ねてしまったアンジャリでした。

映画はあくまでも映画で、それは出来すぎたファンタジーにすぎないのかもしれません。あの場にいた教養ある知識層には訴えても、もっとシンプル思考でいまだ恨みつらみを引きずる層はこの作品のメッセージを快く思わなかったかもしれません。

でも、少なくともあの場では。

過去は過去として、みんな本当はできれば仲良くしたいと思っていたんだな……。だってもともとは同じ国。ちょっと上の世代のインド人はパーキスターン側に友人や親族がいて、そうそう自由に会えなかったりする現実もまだあるわけで。

政治家の政治的メッセージではなく、市井の普通の人々の善意の「愛」の力によって、両国の関係をよくしていきたい。

そんな、シンプルだけど強いメッセージが作品全体を通じて発せられていて、映像の美しさと相まって……もうたまらん。

そんなことが一気にこみ上げた初見でした。

その2ヶ月後の2015年9月、この作品をなんとか日本で公開できないものかとインドの配給会社に買い付けにいって玉砕したりもし(顛末は個人ブログの記事「突撃! 隣のビジネスウーマン」にて)。冒頭の写真は配給会社Eros Internationalを訪れた際のエレベーターホールの模様。エレベーターの扉に本作のイメージ画像がラッピングされていて、あまりに嬉しくてダメと言われる前にサッと撮りました(笑)

そしてこの作品に触発され、インド映画を楽しむための情報発信をしたいと作ったのがこのMasala Pressです。

当初の前のめりな意気込みにご興味のある方はこのへんをどうぞ(笑)
2015年11/11付「はじましてのごあいさつ」
2015年11/12付「輪廻転生 – 何度生まれ変わっても」
2015年11/15付「夢はエロスのお仕事です」

3年越しの願い

従来のインド映画ファンには周知の大スター、主演のサルマン・カーンですが、一般的には日本ではほとんど知られていないと思います。

買い付けで玉砕した理由のひとつは、当初提示された配給側の「大スターの鳴り物入り大作」としての値付けがあまりにも高かったためです。

インドでは押しも押されぬ大スターであっても、日本では無名。しかも「バーフバリ 」のような、誰が見ても圧倒される超絶ハデハデ、いかにもな娯楽大作ではなく、あくまでハートフル路線のドラマで、印パ問題や宗教間の違いという日本人には分かりにくいモチーフがお話の核になっている。

うーん、仮に交渉してちょっと値下げしてもらってがんばって買えたとしても、回収できる見込みは、ないな……。

3年前の私には到底無理な話でした。

でもね。いいものはいいし、誰が配給したっていいんです。日本公開、本当に本当に喜ばしいことです。良質な作品がどんどん日本で紹介されて、Masala Pressを始めた3年前の私の願い「日本でもっと気軽にインド映画が観られたらいいのに」がだんだんと現実になっていくことに、無上の喜びを感じています。

ほんと、感無量。

そのうち、「インド映画」なんて乱暴な括り方ではなく、ラブコメ、アクション、サスペンスといったジャンルのなかの、「たまたまインドで製作された作品」としてインド映画が観られるようになったらもう最高でございます。

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サルマン・カーンという大スター

さて、無名無名と書いてしまったサルマン・カーン(Salman Khan)。

マジ、インドでは超絶スターです。

なぜこの50絡みの愛嬌ある短躯のおじさんが大スターなのか。

まず、生まれがいい。

70年代にヒット作を数多く手がけた脚本家の父サリーム・カーンに、のちの義母としてこれまた人気女優ヘレン。現在は変わってきてはいるものの、一般庶民の夢を担うという意味で、血筋の良さが愛されるインド映画界。映画一族に生まれ育ったサルマンはスターの条件のひとつを充分以上に満たしているといえます。

そして、顔がいい。

現在はちょっと違う系統になったのかなと個人的には思いますが(ごめんなさい)、デビュー当時のサルマンは貴公子然とした甘い顔立ちの華奢な王子様という感じで、ほんとかっこよかったんですよ(過去形ですみません)。

こんな感じ。

『Hum Aapke Hain Koun..! 私はあなたの何?』(1994)より。
この頃はなんだかいつもソフトフォーカスがかかっていた(笑)

私がインド映画にハマりはじめた90年代後半は、貴公子サルマンのラブコメ全盛時代で、個人的に歴代最も愛する作品『Kuch Kuch Hota Hai』(1998)でもイケメン枠で登場していました。

2000年以後、交際していた人気女優へのDV問題が取り沙汰されたり、ひき逃げ事件を起こしたり、狩猟禁止の希少動物の密猟で逮捕されたりとやさぐれ気味の不遇の時代が続いたものの、2010年の『ダバング 大胆不敵 Dabangg』(日本でも2014年に公開)で演じたマッチョな警官役で再ブレイク。

以後、正義感溢れるマッチョ路線でほぼ毎年のようにヒット作を飛ばしています。私見では女子よりも野郎人気が高い気がします。

サルマン出演作では、スパイものの「タイガー」シリーズ(1作目および2作目)がアンジャリはお気に入りです。1作目『タイガー 伝説のスパイ』(インド公開2012、日本公開2013)はDVDも出ているので(Amazonでは値段がやけに高騰していますが)機会があったらぜひご覧ください。2作目の『Tiger Zinda Hai』(2017)はMasala Pressでもレビューしているので(「伝説のスパイ再来! Tiger Zinda Haiを観てきました!」)よろしかったら合わせてどうぞ(あまり読まれていない記事なので読んでくれたら嬉しいです(笑))。こちらも誰か日本公開してくれないかなあ。

サルマンは近年、プライベートでは”Being Human Foundation”という団体を設立、恵まれない子どもたちに教育やヘルスケアの機会を提供したりと慈善活動にも熱心なことで知られています。

さまざまな葛藤があった時代を経て見事復活、本作公開時は迷子役のハルシャーリーちゃんとのオフショットでリアルに優しい目をしたおじさんの顔を覗かせていました。

そういえば、冒頭、小さな迷子ちゃんが「このおじさんならきっと私を助けてくれる」と主人公パワンを見初める一曲は、ハヌマーン神のお祭りを舞台に群舞の中心でサルマンが踊りまくるもの。

スター映画はどれもそうですが、ヒーロー登場にものすごく力を入れます。

本作でも最初の挿入歌はサルマンのダサカッコよさが堪能できる華やかな一曲になっています。サルマンのファン向けサービス曲でもあり、登場シーンはヒューヒューと指笛が飛び交っていました。

というわけで、なんだかんだいいつつもサルマン大好き(笑)。

知っているとより楽しめる小ネタ10選

1. ベジ(菜食)とノンベジ(非菜食)

ヒンドゥー教はベジタリアンの多い宗教で、それは例えば「今日の気分は菜食だから野菜を食べよう」とか、「健康のために野菜多め」といった習慣上のものではなく、非殺生を重んじる宗教的観点に基づいたひじょうに厳格なものです。

インドを訪れた人は、食品類に緑色の日の丸的なマークがついているのを観たことがあるかと思います。あれは「原料及び製造段階から一切の殺生とは無縁」というマークで、ベジタリアンが安心して選べる証となっています。

食事やレストランのメニューも厳然とベジ・ノンベジに分かれていて、レストランは”Pure Veg”と大きく看板に掲げていたりもします。

かたやイスラーム教はおしなべて技巧を尽くした肉料理がよく知られており、イスラーム教徒の多いエリアには肉料理の名店が連なっていたりします。最近話題のビルヤーニーも(地域によりヒンドゥー系ベジのものもありますが)、肉の出汁をコメに吸わせて味わうイスラーム系のお料理。

こういった食習慣の違いが劇中にも出てきます。厳格なベジタリアンのヒンドゥー教徒にとっては、不殺生が誇りであり、家の中はもちろん、近隣で殺生が行われていることも耐え難い行為だったりします。私の知り合いは、忌々しい蚊やゴキブリやネズミでさえ殺そうとしません(私は容赦なくいきますけどね)。

2. 言語の違い

北インドで話されるヒンディー語はデーヴァナーガリーという文字を使う一方、パーキスターンで話されるウルドゥー語はアブジャドという右から左に書かれる文字を使います。ところが話し言葉ではヒンディー語とウルドゥー語は兄弟的な位置付けで、使う単語や用法に違いはあれど、ほぼほぼ通じてしまったりします。

劇中で主人公がパーキスターンにわたっても言葉の問題がないのは、映画的な演出ではなくそのような言語的背景があるためです。

余談ですが、言語を指す場合はヒンディー語(Hindi)、宗教はヒンドゥー教(Hindu)です。「ヒンドゥー語」という表記をときどき見かけますが、ヒンドゥー教徒ではない人もヒンディー語を話しますので、言語と宗教は区別して表記したいところです。

3. 挨拶の違い

よく知られている、両手を合わせて拝むようにする「ナマステ」という挨拶は本来はヒンドゥー教のもの。イスラーム教の挨拶は右の手のひらをすぼめ、鼻先にもってきて会釈をします。

劇中の主人公はヒンドゥー教のなかでも猿神ハヌマーンの熱狂的な信者という設定で、挨拶として”Jai Sri Ram”(ラーマ神を讃える言葉)を使っています。ラーマ神とはヒンドゥー三大神のひとつクリシュナ神の化身であり、叙事詩ラーマヤナの主人公ラーマ王子のことでもあります。ラーマーヤナではハヌマーン率いる猿の援軍がラーマ王子を助ける描写があり、ハヌマーンを信仰する者はつまりラーマ神を讃える、という流れでこの言葉が登場する次第。

ちなみにお祈りのしかたもヒンドゥー教とイスラーム教では異なります。劇中で分かるので「ふむふむ」と見ていただけるとよろしいかと。

4. 色の白さと階級

ちょっとざっくりした説明になりますが、一般的にインドでは「肌の色が薄いほうが身分が高い」という共通認識があります。

(こちらもかなり大雑把なくくりですが専門家の方突っ込まないで)ヒンドゥー教の4大階級として「バラモン(僧侶)」、「クシャトリヤ(王族・武人)」、「ヴァイシャ(商人)」、「シュードラ(奴隷)」という区分があり、最高位のバラモンに属する人はイメージとして「肌の色が薄く」、身分が低くなればなるほど「肌の色が濃く」なっていく、というわけです。※現実問題その通りかはかなり揺れがあるところだと思いますが、裕福そうな人は色が白いイメージは確かにあります。

そしてバラモン階級はベジタリアンというのも共通認識。私と同世代の友人にはまったくもって超肉食のバラモン階級の人もいたりして、多様化した現代では「絶対にそう!」とも言い切れないところではありますが、ちょっと上の古い世代のバラモン階級の人は革製品も決して使わない厳格な人もいます。

5. 主人公の年齢設定

劇中、サルマン演じる主人公のバジュランギおじさんことパワンは、10年生で受ける全国共通の中等教育修了試験を10年かかってやっと合格したという設定です。

インドの教育は12年制で、10年生(日本の高校一年生に相当)でこの共通試験に合格すると2年間の上級中学に進むことができ、その後に大学へと進学するという流れがあります。

10年生の試験に10年かかったあとのお話、ということで、劇中のパワンの年齢は20代後半と推測されます。実際のサルマンは1965年生まれ、2015年公開の本作の撮影時は40代後半だったわけで、かなり大胆な若作りといえます(笑)

ちなみにサルマンは『きっと、うまくいく 3 Idiots』(2013)で40代で学生役を演じたアーミル・カーンとは同い年。タミルのスーパースター・ラジニカーントは50代以降も気合いで推定30代を演じていましたし、『パッドマン 5億人の女性を救った男』のアクシャイ・クマールも実年齢50代なのに新婚の男を演じたりと、インド俳優はいつまでも若々しい役をやっていて素晴らしい。

実際のインド人男性はだいたい30代に差し掛かるころには立派なオジサン化することが多いので、俳優たちの見た目に関する努力は特筆に値するといえましょう!

6. クリケットの国際試合

インドでもっとも盛んなスポーツといえばクリケット。4年に一度開催されるワールドカップには英連邦に属する国が多く出場し、インドとパーキスタンも出場常連国です。

劇中でも冒頭と中盤にクリケットの国際大会の模様が出てきます。あまり詳しくないのでこれがワールドカップのものかどうかは私には分からないのですが、仲の悪い国同士がスポーツの世界で張り合うのはいずこも同じで、クリケットの試合で印パが対戦するときは両国ともに大変な盛り上がりを見せます。

そういえば、今回の日本語字幕では反映されていませんでしたが、パーキスターン側の一幕で意地悪警官が「そうか、それなら俺はサチン・テーンドゥルカル(Sachin Tendulkar)だぜ」と嘯く台詞がありました。サチンはインド側の人気クリケット選手だった人物。クリケットネタは映画にもよく登場するのですが、いまだルールもよく分からないままなのでいつかちゃんと分かるようになりたい所存。

7. ムンニーとシャーヒダー

小さな迷子、ムンニーことシャーヒダーの名前は、パーキスターンで絶大な人気を誇るクリケット選手シャーヒド・アーフリーディー(Shahid Afridi)の名前を”a”の音で終わる女の子の名前としてつけたもの。

イスラーム教でもヒンドゥー教でもインドにあるその他の多くの宗教でも、名前にはそれぞれ定番があり、名前を聞けば属する宗教やだいたいの出身地や、ヒンドゥー教徒なら属するカーストがわかったりします。

インド側では名前が分からないため、ヒンディー語で「お嬢ちゃん/おちびちゃん」といった意味のムンニー(Munni)という呼び名で呼んでいるわけです。

8. ハヌマーンの武器

ハヌマーン神は猿の神様なので顔ですぐ分かりますが、ヒンドゥー教の神様は、衣装や持っているアイテムで特定できることが多いです。

ハヌマーン神といえば手に持ったチュッパチャップス様の武器ガーダーが必須アイテム。本作でも劇中に象徴的にガーダーのカットが出てきます。

そんなヒンドゥー教の神様については、天竺先生こと天竺奇譚さんの新刊ほやほやの「いちばん分かりやすいインド神話 (じっぴコンパクト新書)」が詳しいですよ……とついでに(勝手に)宣伝。

9. 赤い糸の意味

主人公パワンの右手首に巻かれた赤い糸。ヒンドゥー寺院で僧侶にお布施をして巻いてもらうもので、幸運を祈ったり願掛けをするもの。赤い色が抜け落ちていくごとに悪いものも一緒に落ちていくとか、糸が摩耗して自然に切れるころには願いが成就する……といったもので、男性は右手首、女性は左手首に巻きます。

2018年10月にデリーでハヌマーン寺院に参拝した際に私もありがたく僧侶の方に巻いていただきましたが、願いはちっとも叶わないし日を追うにつれ雑巾臭(!)がし始めるしで、巻くこと3ヶ月あまり、先日、とても悲しくそして自分自身に腹立たしいことがあった際、衝動的にバサっとハサミで切ってしまいました。バチあたりませんように……。

最初はこんな風に赤い色ですが、どんどん色が抜け落ちていきます

詳細は分からないのですが、劇中ではイスラームの聖廟の透かし窓にも「会いたい人への再会を祈って」赤い糸が巻かれています。

運命の赤い糸……などという表現もある通り、赤い糸というのは宗教や土地が違っても、何かしらの意味を持つのかもしれません。巻いてもらう機会がある方、くれぐれもバサっとやったりなさいませんように。短気は損気ですよ、みなさん(涙)……。

10. 歌手アドナーン・サミーについて

本作の終盤でとても印象的な挿入歌”Bhar Do Jholi Meri”(神よ我が願いを叶えて)を歌っている歌手アドナーン・サミー(Adnan Sami)。パシュトン系パーキスターン人の父、インド側のジャンムー・カシミール州出身の母を持つ彼は、パーキスターンのラーホールで生まれ(※Wikipediaではロンドン生まれとなっている)英国ロンドンで育ち、カナダの永住権を持ち、かつ本作公開後の2016年1月に長年の希望が叶ってインド国籍を取得したという、複雑なバックグラウンドのミュージシャンです。結婚も3回。

Wikipediaより

ミュージシャンとしてのキャリアのためには自由に活動できるインドにいたほうがよいと1999年にパーキスターンから新天地インドのムンバイーに移り、長年ビザを更新しながらムンバイーに住んでいたアドナーンですが、パーキスターン政府がパスポートの更新を拒否したため、インド国籍の取得を決意したと言われています。

アドナーンの国籍については何年もメディアで取り沙汰され、両国民から「結局どっちなんだ」と非難を浴びたりしていた時期もありました。

「この地球上にある国境は人間の手によるもの。私には、私を愛し、そして私自身が愛し住みたいと思う国に住む権利がある」と主張し続けていて、まさに本作の根源にある「インドとパーキスターン関係」を象徴するような存在で、挿入歌がヒットしたこともあって本作公開当時は特に彼に関する記事をよく見ました。

そんな背景を知りながら聴く挿入歌”Bhar Do Jholi Meri”はよりいっそうグッときます。

ちなみにこのBhar Do Jholi Meriという曲はイスラームの宗教的歌謡カッワーリーに元歌があります。映画版はAdnanの超カッコいいパフォーマンスとともに劇中で楽しんでいただくとして、ここではカッワーリー版をぜひ(20分近くある長い曲です)。

脇を固める重要人物

本作の見どころはなんといってもサルマンの熱血ぶりと、小さな迷子役ハルシャーリーちゃんの反則的な可愛さには違いありません。が、よい映画がすべからくそうであるように、本作も主演以外の役者さんもとってもよいです。

ナワーズッディーン・シッディーキー

パーキスターン側のいまいちパッとしないフリージャーナリストを演じているナワーズッディーン・シッディーキー(Nawazuddin Siddiqui)。日本人には名前がとても覚えづらいので、既存のインド映画ファンは「ナワちゃん」なんて呼んだりしているのを見かけます。私もここはもうナワちゃんでいかせてください(笑)

Wikipediaより

ナワちゃん、作品によってまったく印象が違って、一見ナワちゃんと気づかないような役柄もあって本当に役者だなあと毎回思います。日本公開作では『女神は二度微笑む Kahaani』(2012)、 『めぐり逢わせのお弁当 The Lunchbox』(2013)『LION/ライオン 25年目のただいま』(2016)があります。

『マダム・イン・ニューヨーク』の主演シュリデーヴィーが急逝する直前の作品『MOM』(2017)では怪しげな探偵役をやっていました。パッと見たとき全然分からないくらい別人のような役作り。重く暗いテーマの作品で、見事な怪演ぶりでした。

本作での役どころもとても重要で、彼の喋りが心からグッときます。

カリーナー・カプール・カーン

主人公パワンを支える恋人役にはカリーナー・カプール・カーン(Kareena Kapoor Khan)。「カーン」は結婚後に追加された夫の姓ですが、カーンはカーンでもサルマンではなくサイフ・アリ・カーン(Saif Ali Khan)という別の俳優さんです。カリーナーは『きっと、うまくいく 3 Idiots』ではアーミル・カーン(Aamir Khan)の恋人役をやっていたので、見覚えのある人も多いかと思います。

Wikipediaより

美しいインド女優があまたいるなか、顔がゴツいとか寄り目とか言われがちで日本での人気はいまいちかなと思うのですが、私はカリーナー、とても好き。アンジャリ調べでは、インドでもそのやんごとない雰囲気が愛されているようですよ。

生まれは映画の名門一族のカプール家。お姉さんのカリシュマ・カプールは90年代にダンスを踊りまくりブイブイ言わせていた人気女優でしたが、いまや2000年にあとからデビューした妹のカリーナーのほうが息の長い女優になっています。

いわゆる美形ではないかもしれないけれど、安っぽさがないというか、気品があるというか、そしてさすが名門出身、古典舞踊の素養が充分にあってダンスがとてもよいのです。彼女の踊りは派手さはないのに、よく見るととても精度が高くて、顔の表情や手足の角度がなかなか真似できない完成度なんですよね。本作でも「鶏ダンス」でコケティッシュな踊りを披露しているのでぜひご注目ください。

この作品でサルマンの相手役ができる女優がほかにいたか? と思うとまったく浮かばないので、ちょっと地味な登場だけど、やはり彼女じゃないと駄目なんじゃないかと。

あと彼女のファッション! フレアワンピース型のアナールカリー・ドレスにレギンスを合わせ、ドゥパッタという大判のストールを巻くスタイルは私もよくやりますが、動きやすさとドレッシーさが両立して絶妙な着心地なんですよ。下町の娘らしくコットンのものが多くて、色彩やプリント柄など素敵でした。『パッドマン 5億人の女性を救った男』のソーナム・カプールもファッションリーダーでいつも衣装に大注目してしまいますが、カリーナーも(最近は)ほんといつもおしゃれですね。

(すごーく話が逸れますが……。『DON 過去を消された男』(2006)でシャー・ルク・カーンの相手役を演じたときのカリーナー、ムチムチボディにボディコンシャス衣装で激しく踊る曲のインパクトがあまりにも強くて、友人と「カリーナーのどすこいダンス」なんて呼んではついつい何度も観てしまっていました……。いやもうカリーナー大好き!)

オーム・プリー

物語の後半にその迫力ある顔面で作品に喝を入れてくれるのが、パーキスターンにあるモスクのイマーム(師)を演じたオーム・プリー(Om Puri)。その強面から悪役やおっかない親父役が強く印象に残っていますが、本作では、一切のおかしなこだわりのない、器の大きな、めっちゃいい親父をやっていました。

Wikipediaより

インド国内のみならず、英米の映画やテレビシリーズにも多く出演しているオームさん、残念ながら2017年に死去。オーム・プリーと合わせてアムリーシュ・プリー(Amrish Puri)という、これまた超絶強面の俳優さんがいたのですが、どちらのプリーも亡くなってしまって、インド映画における「無条件に顔面だけでチビりそうに怖い親父役」はいったい誰が担っていくというの……と悲しいアンジャリです。

デリーで楽しむバジュランギ的スポット

本作ではデリーの観光スポットがいくつか登場します。デリーに行かれる機会があればぜひ訪れてみてくださいね。

ニザームッディーン廟

13世紀のイスラームの聖人ニザームッディーンの墓廟であるニザームッディーン廟。劇中では、発話障害のある少女がお参りすればきっと治るとお母さんとともに訪れています。

イスラーム教徒ではない外国人も自由に中に入れます。訪問時は、男女とも長袖および足首まで隠れる長さのボトムスで、肌が露出しないようにしてください。

周辺に連なるというイスラーム式の食堂の肉料理がめっぽう美味いという噂を聞いているものの、女性ひとり訪れるにはなかなかディープな世界で、いまだ未体験。いつか行ってみたいな……。

ラール・キラー(レッドフォート)

オールドデリーにある、17世紀ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが自らの居住地として建設した巨大な城塞ラール・キラー。世界遺産でもあり、デリー観光の外せない場所です。

ラスィカーとパワンが買い物をする場面や、ラスィカーの家の屋上で語らう場面などの背景に、このラール・キラーの赤砂岩の城壁が映り込んでいます。

世界遺産ラール・キラーを正面から臨むとこんな感じ
裏手から望むとこんな感じ

ジャーメ・マスジド

こちらもオールドデリーにある、インド最大と言われているモスク。ニザームッディーン廟と同じく観光客も自由に入れます。訪れる際は肌の露出がない服で。バサっとかぶるイスラーム服も貸してくれます(チップ10ルピー程度が必要)。

内部に入るとこんな感じ
夜間はこんな感じで雰囲気あります

このマスジドの周辺にも肉料理の名店があったり、露店でカバブなどを売っていて実に楽しいエリア。劇中ではやはり背景にこのモスクのドームや尖塔が映り込んでいたりしました。

周辺にはイスラーム式肉料理の名店も
露店のチキン屋さん

ただこのあたりは昼間でも大通りに面した辺りはバイクのひったくりがいたり、スリも出没するので気は抜かないでいただきたい地域。また暗くなると外国人女性はひたすら目立つので、夕方以降は女性だけでは行かないほうがベターです。

チャーンドニー・チョーク

オールドデリーの繁華街といえば「月光街」とでも訳せそうな風流な名前のチャーンドニー・チョークという商店街。コンノート・プレイスあたりと同じデリーとは思えないほど、いつ行ってもゴチャッとザワッとモワッとしていて、「ザ・インド」な世界。とーっても疲れるけど楽しい通りです。

パワンが寄宿するレスリング道場を営むラスィカーの実家はこのチャーンドニー・チョークにあるという設定でした。楽しげに自転車のふたり乗りなどしていましたが、うーん、リアルではまっすぐ進めないほど人と乗り物と動物が入り乱れているような(笑)。

またまた話が飛びますが、つい先ごろ、河野外相がデリーを訪問。公式訪問なのでまあ当たり前ですけど、超ものものしいスーツの集団がこのチャーンドニー・チョークを歩いている写真がSNSで流れてきて「よく行ったなあ」と思いました。突進してくるサイクル・リキシャーとかSPに止められたりしたんじゃないかしら(笑)。

交通量も多くとにかくゴチャッとしています

フマーユーン廟

世界遺産のフマーユーン廟、本作では教師役のラスィカーがパワンと生徒たちを連れて訪れています。デリーのような大都会のど真ん中にありながら、広い敷地と豊かな緑を誇り、ちょっとホッとする場所です。

入り口からここまでけっこう歩きます

広すぎて入り口からメインの廟までがっつり歩きますがほどよい散歩道でおすすめです。また入り口近くにある奥さんの廟はこぢんまりしていますが青を基調としたデザインが女子力が高くてこちらも見逃せない廟。

奥さんのほうの廟。かわいらしいです

ハヌマーン寺

「ここはデリーです」ということを映像で説明するために、手前の高架を走るメトロと合わせてよく使われるお寺。本作ではパーキスターン大使館での一幕のちょっと前にチラッと映ります。

遠目にもインパクトある外観
最寄りのメトロの駅はこちら

ここは観光地ではありませんが、異教徒の外国人でもお参りすることができます。そのインパクトある外観はけっしてふざけているわけではなく、信者にとっては大真面目な信仰の場なので、訪れる際は「異教徒が好奇心で見せていただいている」ということをぜひともお忘れなく。

内部はこんな風に神像ごとの祠があります

内部は複数フロアがあり階段で上り下りします。お布施は各フロアの神像前にいるそれぞれの僧侶に個別に必要。地元の人は10ルピーなどの小額紙幣やコインを渡していますが、私はここでは100ルピー札を盛大にバラまきますね(100ルピーって160円くらいですし)。もちろん額はみなさんそれぞれの判断でけっこうですが。

入り口です……

そんなわけで、とっても楽しい映画なので、ぜひぜひご覧くださいね。大ヒット祈願!

アンジャリ(Anjali)

アンジャリ(Anjali)

Masala Press代表・印流楽しいこと案内人。神奈川県茅ヶ崎市生まれ。東京外国語大学インドネシア語科卒。学生だった1997年にバックパッカーとして単身インドを訪れ3ヶ月を各地で過ごす。以後、インドの舞踊と映画に心酔。ガイドブックなどのライターを経て旅行会社に就職、インド専門添乗員を務めるも、2001年からはインドとロンドンを拠点に放浪生活を送る。2006年に本帰国、外資系証券会社に再就職、10年間の会社員生活を経て、現在、インド映画の印流ブームを興すべく奮闘中。現在はインド女子旅講座を開催したり、テーマのあるツアーの企画及び添乗もこなす。

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