ヒンドゥー教のお正月ディーワーリー – なにをどのように祝うのか?

みなさんこんにちは。Masala Press主宰のアンジャリです。一応宣伝などをいたしますと、Masala Pressの公式Twitterアカウントは、DOZO Filmsきっての冷静屋、広報担当のタマ子嬢がつぶやいています。どうも私は熱すぎたり濃すぎたり過剰に感動屋さんらしいので、タマ子嬢の中和作用に期待したいところです。なにごともバランスが大事ですから……。

さて、このサイトはヒンドゥー教のお正月、ディーワーリーを吉日としてオープンしましたが、じゃあいったいディーワーリーってなんなのでしょう、と我が身に問いかけますとですね。ふーむ。いまいちわかりません。おかしいですねえ、インドにどっぷりハマったはずなのに。

いわく、光の祭りである。太陰暦であるヒンドゥー暦の第7月に行う。家中をきれいにして、衣服を新調して、明かりを灯して豊穣の女神ラクシュミーを家に迎え入れる。花火や爆竹を鳴らして新年を祝う。

インド本土およびシンガポールやマレーシアなど、南インド系のインド人が多い国でディワーリーを迎えたことはあるので、そのあたりはだいたい分かります。ウィキペディアにも書いてあります(笑)。※ ちなみに南インド系の地域では、ディーワーリーではなくディーパーヴァーリー(Deepavali)と呼ばれます。

でも、それはどんなプロセスで、なんの意味をもって行うのか? となると、さっぱり分かりません。異教徒の外国人の感覚からすると、それらディーワーリーの印象は、総じて次のようなものです。

街中に人出がやたらと増える。そしてみなやたらと爆買いをしている。そうです、みなテンションが高く、騒々しく、新年を迎える直前の大晦日の夜などは明け方まで花火・爆竹で大騒ぎをし、歌い踊り、ああインド。

すこし毛色が違ったのは、インド北部にあるシムラー(Shimla)という山あいの街のディーワーリーです。かつてイギリス植民地だった時代、夏季には首都機能が移される避暑地として栄えた街で、2013年に日本でも大ヒットした「きっと、うまくいく(3 Idiots)」<公式サイトはこちら>の主人公が育った街として銀幕にも登場しています。

ちょっと場所も背景も違うのですが、シムラーのディーワーリーはたとえていうならばこんな感じです。斜陽の上流階級の退廃的な美しさとでもいいましょうか。

Aayee Hai Diwali (1950年の映画「Sheesh Mahal」より)

シムラーはいまもたいへん栄えている有名な避暑地ですが、ディーワーリーの季節はそろそろコートなしでは外に出るのがためらわれるほど冷え込み、観光客はめっきり減ります。

そんな静かな山あいの街、山肌にはりつくように建つ家々の軒先や玄関先に灯された幾千とも幾万ともつかぬ灯明が、キリッと冷えた夜気に浮かび上がる。ときおり、遠くのほうで花火を打ち上げる音がこだましている。

それはそれは美しい風景でした。

インドの祭りは数日間かけて行うことが多く、ディーワーリーは新年ですから輪をかけて気合いが入っています。さて具体的にはどのような流れなのかと検索してみると、出るわ出るわ、儀式の執り行ない方のハウツーサイトがざくざくと。日本人でありながら私もお盆やお正月の詳しい流れやお作法など知りません。イギリスやアメリカに生まれ育ったNRI(Non Resident Indian 在外インド人)の若い世代などもどうやらそのクチで、いずこも同じ、ですね。

明日はこの新年の一連の行事などを追っていきたいと思います。

それでは北インドの映画界・ボリウッドきっての暑苦しい男、ランヴィール・シン(Ranveer Singh)の12月18日公開の歴史大作Bajirao Mastaniの予告編つき新年の挨拶でも眺めながら、ナマステ、ナマステ、ナマステ!

トップ写真:灯明ディヤー(Diya)を売る店 写真提供:鈴木千晶


本日の地名 シムラー(Shimla)

投稿者: アンジャリ(Anjali)

アンジャリ(Anjali)
Masala Press代表・印流楽しいこと案内人。神奈川県茅ヶ崎市生まれ。東京外国語大学インドネシア語科卒。学生だった1997年にバックパッカーとして単身インドを訪れ3ヶ月を各地で過ごす。以後、インドの舞踊と映画に心酔。ガイドブックなどのライターを経て旅行会社に就職、インド専門添乗員を務めるも、2001年からはインドとロンドンを拠点に放浪生活を送る。2006年に本帰国、外資系証券会社に再就職、10年間の会社員生活を経て、現在、インド映画の印流ブームを興すべく奮闘中。