ありがたや女神ラクシュミー

ヒンドゥー教のお正月ディーワーリーがひと段落したところで、女神ラクシュミーのお話でもいたしましょうか。日本では吉祥天として仏教に取り込まれた女神様。本日の写真はGoogleで”Lakshmi”と入力して画像検索した結果です。ウィキペディアはこちら

ウィキペディア様からお借りしてきました
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見た目のスペックとしては、腕が4本、そのうち一組の両手に蓮の花を持ち、蓮の花の台座に立つか座るかし、小脇に抱えたツボから金貨がじゃらじゃら出ていて、後ろには象を従えている。

見たからに縁起がよさそうです。豊穣の女神といわれるそのままのお姿です。

ディーワーリーでは、各家庭が灯明をともし、ラクシュミー女神を家に招きいれていましたね(動画はこちら)。そりゃまあこれだけ高スペックなら是が非でも拙宅にもお越しいただきたいところです。そうそう、女性の名前としても「ラクシュミー」さんはたいへん身近です。

そんなスペックもさることながら、私はラクシュミー誕生が登場する神話「乳海攪拌(にゅうかいかくはん)」がとっても好きです。

賢者を怒らせた雷神インドラが不老不死の薬アムリタを求め、ほかの神々および魔物アースラーと力を合わせ、山を引っ張り合いっこして海をかき混ぜます。海をかき混ぜかき混ぜかき混ぜ1000年経ったら、それはなんと乳の海となり、攪拌の余波でこのラクシュミーが生まれたという。ああこのいかにも神話らしいアホみたいなスケールの大きさ(アホなんて書くとバチが当たりそうですが)、たまりません。

加えて、あまりに美しい姿だったため神々が取り合いをしたとか、クリシュナ神が出てきたらさっさとクリシュナ神の妻におさまったとか、妙になまなましい一面も、ああ、たまりません。

ラクシュミーを讃える賛歌バジャン(Bhajan) ※ 複数を集めたリスト動画なので延々と続きます。


ずっとずっと若いころ、バックパッカーとして安宿を泊まり歩いていたころ、インド某所で迎えたある年のディーワーリー。花火や爆竹の音が絶え間なく続き、ビンボー旅行者たちも祭りの雰囲気を楽しんでいたとき「おれはこの音はきらいだ」とボソっと呟いた旅行者がいました。彼は子どものころ、家族とともに紛争地である祖国を抜け出し外国に移住した人物でした。

「銃撃戦を思い出すから」

そのときは「ふうん。世界にはたいへんな場所があるんだな」と思うにとどまりました。10数年の年月が流れて、ディーワーリーの季節になるたびに彼のことを思います。あのころから世界は平和になったのだろうか、と考えると、せつない気持ちになります。

数日前にも書きましたが、人がもたらした災いは人が原因であり、人が解決するしかありません。宗教や神様が悪いわけではないと思うのです。

問題が大きすぎると怯んでしまうけれど、ちいさくちいさく分解していくと、きっとそれは、隣にいる誰かを大事にし、道で会った誰かが困っていたら助けるというところから始まり、見た目や言葉や信じる神様が違う誰かがいたら、その人のバックグラウンドに想像力を巡らすところから始まり、そしてきっとそこに尽きるのではないかと思います。

そうやって個人が「よき人」、「知ろうとする人」となっていくことで、次の世代には、すこしはよい世界を残せるのではないでしょうか。すでに対話ができないほど異質な世界を築いてしまった相手を倒すには、武力というものが必要なのかもしれません。そしてそれがなにがしかの解決をもたらすとしたら、誰が正しくて誰が間違っているという白黒ではなく、みなが痛み分けのような形でしか、成し得ないことのように思えます。

来年のディーワーリーは、どんな思いで迎えていることでしょう。

投稿者: アンジャリ(Anjali)

アンジャリ(Anjali)
Masala Press代表・印流楽しいこと案内人。神奈川県茅ヶ崎市生まれ。東京外国語大学インドネシア語科卒。学生だった1997年にバックパッカーとして単身インドを訪れ3ヶ月を各地で過ごす。以後、インドの舞踊と映画に心酔。ガイドブックなどのライターを経て旅行会社に就職、インド専門添乗員を務めるも、2001年からはインドとロンドンを拠点に放浪生活を送る。2006年に本帰国、外資系証券会社に再就職、10年間の会社員生活を経て、現在、インド映画の印流ブームを興すべく奮闘中。